不愉快な話
雀は家に無事帰ったが、問題はその後だった。
人は良いが思い込みの激しい雀の両親が混乱をきたしてしまったのだ。
実際、彼女が家に帰るまでひと月近く立っていた。
残された家族には絶望的な時間だろう、雀の家族には耐えられなかった。彼らは錯乱し、彼女の行方を捜して山野を駆けまわり、老人が彼女を保護していることを知った。
ただ彼らにはそれが監禁に見えたらしい。
実際、かごの中でその辺の野鳥と同じように扱われているのを見れば当然そう感じるだろう。
老人が《彼女が獣人であることなど知らない》という事実を、周囲の獣人達は知らないのだ。
人魔大戦もまだのこの時世、人と獣人の間は決して良好な関係とは言えない
老人の家の襲撃を企てて、あわやあと一歩で計画実行という所まで来ていたのだ。
そんな折に帰ってきた雀の娘は、その事実を知って泡を食って止めに入り、父親以下、暴走する聞かん坊たちをどうにかなだめすかした。
そうして、彼らの勘違いによる襲撃計画は鳴りを潜めた――
「最も、ここで襲撃しておけば娘は死なずに済んだのかもしれませんが……」
「この後か。」
「ええ、気分のいい物ではありませんよ。」
「……まあ、いつだって人の生き死にで気分がよくなることなんかないさ。」
「そうですか、では――」
そうして、宿に復帰した雀だが、彼女には気がかりが一つあった。
老人と老婆のことだ。
老婆によくされた記憶は彼女にはなかったが、同時に老人の献身への感謝の念は絶えない。何せ命の恩人なのだ。
ゆえに、彼女は宿に来る客――多くは獣人だが、サービスの良さから稀に人間も来たらしい輝夜姫も客だったことがあるとか――に老人たちのことを聞いていた。
獣の姿で動く獣人達の中でも情報通なのがネズミだ。あの小さい体でどこにでも入り込むその敏捷性は、体の小ささと吹き替えに得た彼らの種族の特殊技能だった。
その体でいろいろなところに入り込む、彼らはある情報を雀の娘にもたらしたという。
その話を聞いた、雀の娘は怒り、これまた家を飛び出した――兄日、ふらりと山を下りた時と同じように。
だからだろうか、誰もそれを止めなかったのは。
居なくなったとしてもまた帰ってくるというある種のバイアスにかかってしまった。
そうして、彼女を宿を出て――二度と戻らなかったのだという。
「なにを聞いた?」
その話が彼女を死地に追いやったのは間違いない、それも、老人に関わることだろう。
テンプスは険しい表情で聞く――どうして、こうも過去の悲劇というのは胸に悪いのだろうか?
自分がどれだけ過去の英知や、栄光の力を受けてなお、ひっくり返せない悲劇というのはどうしても苛立ちを感じざるをえない。
「――どうやら老婆は、老人に隠れて、蓄財に手を付けていたようです。そのため、貧しい生活はもっと貧しくなった。向かってたのは……」
「賭場か――それを聞いたんだな。」
「ええ、やめて
「舌を?」
「個人的な見解ですが――永遠に黙らせようとしたのでしょう、舌がなければ、生き物は話せませんから。」
そうして、善行をなそうとした雀の娘は死んだ。
その死体は誰にも見とがめられることなく川に流されたという。
「荼毘に付されることもなくです――ね?聞きたいものでもないでしょう?」
そう言って酷薄に笑う少女はテンプスには怒りに燃えているようにも見えた。
「大筋は分かったが――この老婆、抜けってことは、この後死んだんだろう?なぜ死んだ?」
「聞きたいですか?もの好きな方……」
「仕方ないだろう、まだ婆について腑に落ちないとこがあるんだ。」
「ふむ?没時の話を聞けばそれが分かると?」
「さてな、ただ、婆を探す手掛かりにはなるかもしれん。」
「ふむ……まあ私の正体にまで迫ったその手腕を信じましょう、ただより胸に悪くなりますよ――」
最初、雀の宿の住人は彼女のことをそれほど心配しなかった。
最初の一回で心配しすぎたのだと思ったからだ。
しかし、彼女は帰ってこない。
一月が過ぎたころ、彼らは再び老人の家に向かった。
其処にはいつものように生活する、老人と老婆がいるだけだ。
ここに居ないならどこだろう。
心配しながら、彼らは宿に戻った。
二月目、彼らは再び混乱し始めた――あまりにも長い。
前回の二倍の時間だ、何かあったのでは……しかし、襲撃するわけにはいかない、それが雀の娘にばれては何をされるかわからないからだ。
だから彼らは身動きが取れない、宿に来る客に娘をみなかったかと聞くだけだ。
三か月目――とうとう彼らは娘が危険な目にあっていると確信した、だが手掛かりがない。
手当たり次第に探して、手当たり次第に人に聞いた。
娘の両親が老人とあったのはこの時が初めてだった。
雀の娘の素性を告げ、自分たちの素性を告げて、老人に彼女の行方を聞く――知るはずがない、彼女をころした老婆は老人にその事実を語らなかったのだから。
老人は心配し、自分も探すと言って方々を訪ね歩いた。
しかし見つからない――事態が動いたのは彼女が消えてから五か月後のことだ。
ある獣に食い荒らされた雀の死体ができて来た。
その死体には宿の雀たちと同じ特徴があったのだという。
つまり、あの老婆が流した死体がとうとう見つかったのだ。
「その時の一族の怒りようはそれはそれはすさまじかったですよ。」
「……だろうな。」
「あら、私が見たことには驚かれないんですね。」
「あんた客だったって言ってたしな、それに――だから契約したんだろう?」
「……ホントに賢い人……嫌味なくらい。」
「おほめにあずかり光栄だ。」
扇子越しにこちらを見ながら不満げにつぶやいた輝夜姫にそう言って慇懃に頭を下げる――下げながら、もうちょっと、ましな死に方をした人間は自分の前に出てこないのかと思ってもいた。
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