ある契約者の昔話
「天人の輝夜で天野輝夜――わかってみるとそれほどひねった偽名でもないな。」
テンプスは苦笑する――わかってしまえば、何のことはない、名が体を表していたわけだ。
「無意味にひねると面倒でしょう?この件が終わるまでばれなければそれでいいのですし。」
どこか憮然と、アマノ――いや、輝夜姫が言った。
自分の偽名を馬鹿にされたと思ったのだろう、その声にはどこか険がある。
「別に馬鹿にしたわけじゃないよ、わかりやすくて結構だと思う。」
「そうは聞えませんでしたけれど……まあ、いいでしょう、それで?そこまで調べたあなたは私に何をお聞きになりたいのです?」
「さっきも言ったろ――あんたが何を追いかけてるのか知りたい。」
「話さなければなりませんか?『契約者』の死に際に関わることです、できれば周知したくはないのですが。」
そう言って視線を鋭くする輝夜姫にテンプスは肩をすくめて見せる。
「何もないのなら僕らだって聞く気はないが――昨日襲われたもんでね、放置もできんのさ。」
「!襲われたのですか?」
「昨日ね。」
「そうでしたか……」
思わし気に顔を顰める輝夜姫にテンプスが告げる。
「ついでに僕の研究個室も荒らされた、まあ、そっちは大した被害もなかったが、そこまでやられるとこっちとしても放置できんのだ。」
これが、彼がここに来た理由だ――賭けで私腹を肥やす程度なら、任せて終わりまで待っていてもいいが、原因不明の襲撃のせいでそうも言っていられなくなった。
「なるほど……そうでしょうね。いいでしょう、あまり人に話すことでもないのですが――」
事の始まりはある雀の獣人が殺されたことから始まるのだと、輝夜姫は語る。
「もともとは、近くの山に居を構える大店の宿の一人娘だそうです。」
「ふぅむ?」
その宿の人気者が、一人山を下りてしまったことがあったのだという。
そこに何か意味があったのか、あるいは気まぐれだったのかは、輝夜姫も知らないという。
「いかんせん、私の契約者は話せないもので。」
「……霊だからか?」
「いいえ、死に方に問題があったのです。」
「ふむ?」
理由はわからないものの、件の彼女は山を下りた――いや、落ちた。
獣の姿に変わり、山を下る途中、飛べなくなったのだ。
よそ見をしていて木にぶつかったらしい、その際に羽を怪我してしまった。
突然の転落、彼女は死に物狂いで片翼のまま落下を制御し、どうにか体を地面に横たえる事に成功した――がそこまでが限界だった。
衝突と落下の衝撃で体は動かず、声を上げようにも声が出ない、ひどい重症だった。
このままでは死んでしまう!そう考えたが体は動かない、そんな彼女を救ったのは墜落地点近隣に住む老人だった。
その老人は痛く親切な人物で傷ついた彼女を自分の家に連れ帰り、傷の手当てをしたらしい。
「それで治ったのか?」
「ええ、雀とはいえ、獣人ですから。普通の動物に比べれば幾分頑丈だったようです。」
実際、普通の雀なら死んでいたらしい。だが、宿での生活が彼女を強くしたのか、あるいは死に物狂いの姿勢制御が功を奏したのか、彼女はどうにか一命をとりとめたのだという。
「ぎりぎりではあったようですけれどね。」
「ふむ、命の恩人ってわけだ。」
「ええ、老人はそうなりますね。」
「含みのある言い方だな。」
「実際、そうとしか表現できませんから。」
雀の娘は決して順調とは言えないが緩やかに快方に向かった。
助け出した老人はそれを見て喜んでいたそうなのだが――快く思わない人物が一人いた。
老人の妻である老婆だ。
「欲の皮が突っ張った(輝夜姫談)」その老婆は、ひどく雀を嫌っていたらしい。
それも、老人の自分への関心がうすまるから、でもなければ、雀が嫌いだからですらない。
「エサ代がかかるから、だそうでして。」
「はっ?」
「エサ代がかかるから、だそうです。」
「……雀一匹に?」
「ええ、ちなみに食べる量としては小指第二関節ぐらいの器いっぱいだそうです。」
「……そんなに金がなかったとか?」
「いえ、単純に――」
欲の皮が突っ張っていたのだと、輝夜姫は語る。
自分の物である老人の金品がどこの物とも知れない畜生に使われるのが我慢ならなかったらしい。
もはやこの時点で何を考えているやらわからないが、老婆の中ではこれは正当な権利なのだろう。
スズメとしても、怪我と遠慮からその茶碗一杯で日々を過ごしたという――テンプスとしては、そのせいで怪我の治りが悪かったのではないかと思ったりもするがそれは置いておいて。
そんなわけで、居心地の良さと悪さを同時に体験していた雀だが、彼女の傷が治る時が来た。
いささか栄養は足りていなかったが、彼女としては老人に元気な姿を見せられればそれでよかったのだという。
怪我を癒していたかごから飛び立ち、老人の前で飛び立って見せた。
老人は痛く感動し、自分の昼飯だった握り飯を与え、飛び立っていく、雀を見送った――
「ここまでの話だけなら感動巨編って感じだがね。」
「ここで終わればそうなりますね、ここで終われば。」
「終わらなかったわけだ。」
「ええ、ここからが私たちに関係のある話になってきます。」
そう言って、扇の内側でそっと、目を細める輝夜姫にテンプスは嫌な予感がした――この手の昔話で、自分が愉快な気持ちになった記憶がないことを再認識していた。
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