ある女の正体

「……わかりませんね、私がなぜそのようなことを?ひっそりと隠れて調査したほうがよっぽど簡単に事が済むでしょうに。なぜ他人を巻き込んでまで、このような大ごとにせねば――」


 アマノが口を開く、いつもに比べて饒舌なその口は焦っているように感じた。


 同時に彼女の指摘はもっともだった、確かに、こんな面倒な状況を作り出す必要はない――相手が『逃れ』ならだが。


「賭けだろ?」


「!」


「『抜け』の連中は何かしらの方法で自分の魂を隠す方法があるらしいな、それで冥府から逃げて来たとマギアに聞いたよ。」


 そんな相手を炙り出すなら方法はそう多くない、生前の立ち回り先に行くか、さもなければ――


「生前にやっていたことをさせるかだ。どうしてもやめられない癖――さもなければ、どうしてもやめられない習慣だ。」


 人間ほど知性的な生き物であればそう言った行動の一つや二つ、何かしらあるものだ、テンプスならそれはスカラーがらみの研究になるのだろうし、マギアなら魔術の研鑽になるのだろう。


「賭けをする側だったのか、賭けをさせる側だったのかは知らないが、あんたの追ってる『厄介者』は賭けがやめられないんだ、そいつの正体を明らかにするために、あんたは賭けを「開かせる必要」があった。」


 そのための『婚姻騒乱』だ、この手の学校であれば賭けの一つぐらい――それほどがっつりしたものでなくとも――あってもおかしくない、ここまで問題の多い学園ならなおのことだ。


「賭けの題材にはちょうどいいよな。名家のお坊ちゃんたちの恋愛事情。」


 それが全員名家のお坊ちゃんなら賭けの規模も大きくなる。


 賭けから逃げられない『厄介者』はきっとすぐに出てくるだろう――ろうそくの火に近寄る蛾の様に。


「だから、あんたはこの大騒動を起こす必要があった、『厄介者』を探し出すために。」


 それでも数は多いだろうが――この学園すべてを調べるよりははるかに簡単だ、それだけ数を絞って探せば契約者側も何か知らら相手に気がつくかもしれない。


 だが、それには明確な疑問が残る。


「あんたの昔話に賭けの話は出てきてない――じゃあ、あんたの追いかけてるやつは誰だ?」


 結局そこに行き付く、これまで転生者もそうだが、基本的にこの手の転生者は改心などしていない。


 生前と同じことを繰り返し、天下を乱して人心を惑わす。


 人の心惑わす魔女。


 人の功績を奪い、その名誉を地に落として悦に浸る似非英雄。


 それが彼の見てきた転生者だ。


 であるのなら、『この厄介者の動きも生前と同じはずだ。』


 だというのに、アマノの話に出て来た人間に賭けに興じているような輩はいなかった。


 嘘なのだから当然だろうと思うかもしれない、が、それにしてはあの話は微に入り細に入りよくできていた。


「僕には、あんたのあの過去話が嘘とは思えなかった。」


 そう考えるにはいささか真に迫りすぎていた。


「あれは現実に起きた逸話なんだろう。。この件にあの逸話に関わってる人間はおそらく一人しか関わってない――」


 そう言って、先ほどからひしと口を結んで――まあ、扇子の内側で見えないのだが――何もしゃべらないアマノに目を向ける。


「――あんただ、アマノ……いや『女竹めだけ輝夜姫てるよひめ』。」


 そう呼んだ時、アマノの顔色が明確に変わる。


 その顔には驚きと明らかな動揺が見て取れた。


「なんでその名を知っているのかって顔だな――最近、東の国の古い話に詳しいやつが知り合いにできてね、彼に聞いた。東の国に『美貌で男を狂わせる女で求婚者に殺された話はないか?』とね、そしたら彼は『似たような話なら』と教えてくれたよ。」


 これは厳密言えばマギアの功績だった。


 彼女の出身地から彼女の逸話は東の国の物だと考えた彼女がタロウ何某さんに聞きに行ったのだ。


 その結果、おそらく彼女が語ったものとほとんど類似した話を聞きだした。


 それはほとんど、彼女が話した内容と同じだった――ただ細かい部分も描かれていただけだ。


 曰く、彼女が生まれたのは加工がたやすい女竹だったこと。


 曰く、彼女の美貌は「服の内側から太陽の光があふれているかのように」美しかったらしいこと。


 曰く――彼女が、『天人』と呼ばれる種族であるらしいこと。


「――まあ、竹から生まれてればそりゃ普通の人間じゃないが……まさか天人とはな。」


『天人』


 それは『天の向こうから来た人々』のことだ、それがどこなのか知っている者はいないが、そこから来るものはみな一様に美しく、人には図り切れない力を扱うとされる。


 それはこの世の物とは思えぬ美貌であり、あるいは突然別の場所に現れる不可思議な力であったりするらしい。


 千年を超える時を生き、五十歳の人間を『幼子』と呼ぶらしいこの種族ならば――彼女が本人である確率も十分ありうる話だ。


 苦笑する、まさか、どこの国でも伝説になるような生き物にこの学園で会うとは。


「……私がその女竹めだけ輝夜姫てるよひめである根拠は何です?」


 当然の疑問だった、その渋い顔がすべての証拠だ――と言ってやりたいが、そうもいかない。


「――うちの後輩、美人だろう。」


 だから核心を付いた。


 まったく関係のなさそうな話にアマノが怪訝な顔をしている。


「……マギア様ですか?ええ、たいそう美しく思いますが――」


「彼女な、呪われてああなってるんだよ。」


「!」


「より厳密にいえば、彼女の母親からの遺伝だ。彼女のおばあ様の活躍で随分緩和されたらしいが、いまだに求婚者が絶えない――ところで、あんたもずいぶんと美人だ、「うちの後輩と同じぐらいに」。」


 ゆえに、自然発生的に生まれた人間ではありえない。


 彼女の反対に見える容姿であるからこそ、普通の人間ではありえないのだ。


 マギアのあの容姿は呪いによるものだ、では目の前の彼女は?


「……私も同じ呪いにかかっているだけでは?」


「ありえん、その呪いをかけた奴はあんたの公式年齢より2年も前にこの時代に生まれなおしてる。あの時期のあの女に彼女クラスの呪いはかけられん。」


 思い返すのはオモルフォス・デュオのあの異様に甘ったるい香気と最後の瞬間に足の裏で感じたぶよついた肉の感触だ。


「……では、なぜだと言うんです?」


「――あんたが生まれつき、彼女と同じぐらいの美貌だったと考えると納得がいく。そして、天人はみな等しく『この世の物とは思えぬ美貌』を持つ。」


 一説によれば、彼女の呪いにその名を関するであるニンフは天人の一種だとする学者もいる。


 その説が正しいのかはわからないが、正しいのだとすれば――彼女たちの容姿が似ている説明もつく。


「……」


 そして、美しい女によって人が誑かされる話を、彼は知っていた。


「ついでに言うなら――あんたの扇子。」


「!」


「あんたは話の中で、時の帝にあってその扇を送られてるな?」


 それはタロウ何某さんの話の一節だ、時の帝は彼女のうわさを聞き、彼女のとりこになって、彼女にこの扇を下賜した。


「ずいぶんと古ぼけてるが、それは帝が使うものだろう、象牙の要、白檀の親骨、42間の中骨、しっかりと閉まる天、無地だが明らかにまじないのかかった扇面。知り合いから聞いた帝から下賜された扇の特徴そのものだ。」


「……そうですか、この国にはない物ですからからばれないと思いましたが。」


「認めるんだな。」


「――ええ、さすがに、ここまで答えに迫られていて、嘘とは言いませんよ、そこまで恥知らずではありません。」


 そう言って、扇子の内側で苦笑したその女は告げる。


「――改めまして、東は太和の国の、『空の向こうからの来訪者』にして『黒の誓約』の3・8・16・21代行者。女竹の輝夜と申します。」


 そう言って、いつか見た様に彼女は典雅に礼をした。

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