巻きこまれた理由。
「……おかしなことを……私は真実しか話しておりません。」
言いながら、彼女はどこから取り出したのか、ひどく古ぼけた扇――扇子というらしい、タロウ何某さんから聞いた――を取り出して顔の前で広げて見せた。
「そうだろうとも、ただ僕らには話してないことがあるだけだ。」
「……」
細めた目の向こうに怒りとも警戒ともつかない色を湛えた少女の視線を受けながら、テンプスは続ける。
「あんたをきちんと疑ったのはあんたの話を聞いた後だが、最初に可笑しいと思ったのはあんたの「恋人探し」の話を事情通の後輩が知らなかった時だ。」
「!」
「僕はあの日、あんたのことを可能な限り調べてから会った、癖でね、その時に、あんたが「恋人探し」は話の端にも出てきてない。」
思い返すのは初めてこの娘に会った時のことだ。
あの時、ドミネはテンプスの訴えに答えて、彼女が知る限りの彼女について教えた。
その中に、彼女がこのような事態に置かれているという話はない――これは明らかに可笑しい、彼女はあの時、自分が何をされたか知っている。
あの劇的な告白を受けた人間にこの事実を話さないものだろうか?ファンクラブの話までしたのに?
考えにくい話だ。
「彼女はいろんな生徒に顔が効くし、僕らよりも――あるいは弟達よりも、生徒間の話に詳しい、なのに、彼女は君がそんなことをしてると僕に言わない、そこに違和感があった、だから考えた。」
彼女が自分にこの事実を語らない理由は?考えても一つしか思いつかなかった。
「――もし、知らなかったとしたら。」
そう考える方が妥当だった、知らないから話せない。
始めてあった時、これに気がついたテンプスは彼女が何かを隠し、こっそりと何かを進めているのだと思った。
それが、ただ単に『厄介者』とやらを追い詰めるための措置だというのなら、それはそれでもいい、ただ、何も知らずに巻き込まれて、対処不能にはなりたくない。
そんなわけで、彼はマギアに頼んで、彼女周りを調べさせたわけだ。
「で、調べてみたら案の定、あんたがそんなことしてるって話が出回ったのは、ジャックの一件が終わってからだ――というか、一般の生徒にはあんたが恋人を探してるって話自体が出回ってない。」
二度目のドミノとの接触時に聞いたことを思い返す。
「出てるのはあんたが誰を婚約者に選ぶかの賭けの話くらいだ、あんたが恋人を探してる話は出てない。まるであの五人の側があんたに勝手に懸想してるように語られてる。」
おかしな話だ、目の前の彼女の話を信じるのならこの話が出回ったから彼女は求婚されているはずだ。
だというのに、この学園で彼女がその動きをしているのを知っているのはごく限られた人間だけということになる。
「で、あの件から二日立ったがあんたはあの10人の中から『厄介者』を探している気配がない。」
「……そのようなことは……」
「なら何で、僕に『10人の内、半分は自分の復讐対象者じゃない』と言わなかった?」
「!」
「あの時あんたは10人の人間に同時に恋されてしまったことしか言ってきてない、僕はてっきりあの10人の誰かが『厄介者』だと思った――が、現実は違う、接触の薄い五人の方は別の領域から来訪者だ、あんたの追う『厄介者』じゃない。」
首を不倫殻テンプスが言った、これは至極当然の帰結だった、彼女が追いかけているのはこの世界で罪を犯した霊だ、別の次元の存在ではありえない。
であるなら、あの五人は断じて彼女の追う『厄介者』ではありえない。
であれば、その事実をこちらに流してもいいだろう、ここの管理者が自分達だと思っているのならなおのことだ。
だというのに、彼らはこの話を聞いていない。
「――この辺で気がついたよ。」
「何にです?」
「たぶん、あんたはこの状況を持て余してるんだろうなって。」
「……」
そう言った時のアマノの顔はひどい渋面だった、図星でも突かれたのだろう。
「そもそものあんたの計画では、あんな人数にするつもりなかったんだろう?もともとはあんたが語った逸話と同じ、五人だけだったはずだ。」
「……」
「それはたぶん、あんたが選んだ五人――あのキャラの濃くて、接触の多い五人の方だ。彼らには社会的な地位や財力はあるが、言ってしまえばそれだけだ、あんたの邪魔ができるような能力はない。」
だから彼らだったのだ、ほどよく話題になり、ほどよく騒ぎになり、程よく――どうでもいい相手。
それが彼らの役割の一つだったのだ。
「……そんなに都合よくいくものですか?誰かがしゃべってしまえば終わりでしょう。」
「確かにね、でも、たぶんあんたはあの五人にこう言っていた「貴方に好意を持っているが他の四人からしつこく言い寄られて困っている。」「あの四人がいては貴方のそばに居られない」「どうか追い払ってほしい」――とかなんとか、だからあの五人は全員が全員ほかの四人を敵視してる。」
それはある意味、恋に夢見る年ごろだからこそ起こる事なのかもしれない。
自分と結ばれるべき相手が、自分よりも劣った相手のせいで引き裂かれている――そんな悲恋に意味を見出す年頃であるときだけ使える手なのかもしれない。
「そしてこうも言った、「はしたない女だと思われたくないので他の皆さんには私からこのような話をしたと教えないでください」とかなんとか……魅了使いはみんなこう言うんだな。」
思い返すのはオモルフォス・デュオの姿だ――噂の域を出ないが、こう言われて骨抜きにされて人生が狂った教員と生徒はそれなりの数いたらしい。
そう考えれば、昨日の自分の部屋へのいたずらも理解できる。
要するに、突然現れた人間への牽制だったのだ。
衆目の前で仲が良さそうにしていたことへの報復でもあっただろう、自分たちはできないのになぜこいつはできているのかという復讐。
表立ってやらないのは、彼女がこの事実を公にしてほしくなく、ついでに言えば、自分が好かれているという確信があるからだ。
「そうやって――あとはいくらか思考を誘導する類の術も使ったのかもしれんが、とにかく、あいつらに自分を取り合うように仕向けた、君の計画はそこまでだったんだろう?後の五人は本当に計画外だった。」
驚いたことだろう、彼女からすれば恐怖の対象だったはずだ、彼女の計画において、この部分でイレギュラーが発生するのは明らかにありえないことだ。
「だから、僕らに押し付けようとしたんだろう?あの色もの五人衆は自分の魅力で引っ掛けた男だ、自力でどうにかできる。ただあとの五人は理由もわからなければ、なぜこうなっているのかもわからない――おまけに転生者と来てる。」
何せ、彼女からすれば『あの五人以外には知られていないはずの計画だ』なのに、なぜか他の五人まで名乗りを上げて来た。
だから対処しなければいけなくなった。
そのためのスケープゴートがテンプスだったのだ。
突然、ファンだと公言することであの求婚者たちを刺激した。
その上で自分の『偽り』の逸話と「本来の」使命を混ぜた話を行うことでテンプス達を間接的に巻き込んだ。
彼らを調べて行けばあの接触の薄い方の五人の秘密にテンプスは気がつくだろう。
そうなれば――テンプスはあの転生者に対処するだろう、彼女がそう考えてもおかしくはない。
なにせ、テンプスはすでに二人の転生者を冥府に送っている。あの転生者たちと敵対するのは何らありえない話ではない。
これがテンプスが巻き込まれた理由だった。
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