翌朝

「いつもありがとうございまーす!」


 そんな挨拶を、ほぼ毎日聞いてきた。


 朝もやの立ちこめる朝、いつものように日課の買い食いを続けていた傍らの後輩は、学園近辺で食道楽をしていたらしい、この近隣の店舗をことごとく食べつくしたせいで、ここらでは学生のだてらに常連となっている。


 彼女の大物買いはどうやら菓子屋の人間にも周知されているらしく、近頃では「おはようございます、どのホールになさいますか?」と聞かれるようになっている――朝からホールケーキがデフォるとのように語られると脳が変になりそうだった。


 おまけに、どうやら彼女の容姿にひかれている人間が相当いるらしく、菓子屋の跡取り息子から何回か交際の申し出を受けているのを何度か目撃していた。


『あれも呪いの効果なのかねぇ……』


 あるいは1200年の長い時が彼女に培わせた処世術――いや、それはないか、とテンプスは首を振った。


 なお、マギアは都度、丁寧に断っている。


「うーむ……やはりチョコレートケーキはここが一番うまい……今日の夕方に来れば、ケーキを二段に重ねたものをくれるらしいですよ。楽しみですねぇ。」


 呪いで浮かせたホールケーキを頭から食べるという、なかなかに非人間的なことをしている後輩が、幸福を絵にかいたように顔をほころばせてそう言った。


「今しがた、人に三段のケーキ買わせてそう言うこと言う?」


「夕方は夕方で、今は今でしょう?」


「当然のように言うね……」


 肩を落として、テンプスが告げる。


 昨夜自分を助けた礼として、リクエストにこたえることにしたテンプスだったが――それをいいことにこの女、いちばん高いところの一番高いケーキを選んだ。


「買ってくれるというなら一番いいやつがいいでしょう?」


 そう言って魔女の様に笑う後輩に強かな奴めと苦笑する――まあ、言いたい事は分からないでもない。もらえるのならいい物をもらいたいと思うのはある種当然だろう。


「強かな奴め。」


「命の対価なら安い方でしょう?」


「ま、そう言うことにしておこう――来ないな。」


「来ませんねぇ。」


 未だに人の少ない朝、人通りの少ない道――命を狙うなら、ここもまた、十分な場所だろう。


 だというのに、昨夜テンプスを殺しに来た何者かの気配はない。


「僕らが二人で動いてるからか……」


「ありそうですね、昨日の襲撃で一人のタイミングでしか手が出せないと思ったとか?」


「ありそうだな……面倒な。」


 顔を顰める、相手の正体がつかない。


「相手の動きから考えて、昨日の狼人の先輩は襲撃者の差し金でしょう、倒して、油断したところをズドン!で終わりの予定でしたが――」


「失敗した。」


「となれば、次にどんな手を打ってくるか、正直こっちには判断できません。何せ、いろいろ規格外の相手ですから。」


 すでにケーキの二段目を捕食しきったマギアが少年に真剣なまなざしを向ける。


 実際問題、今回の相手はいささかこれまでの相手と比べても異常だ。


「箒で狙撃するような奴だからなぁ……」


「魔力なしですからねぇ……」


 彼らは昨夜の襲撃を振り返る。


 箒を投げたこと自体は良い。凶器として適正とは思えないが使われた事実は事実だ、それは良い。


 距離も問題ではない、打ち下ろしで25mだ、対した記録ではない、隣の後輩はともかく普通の人間なら届く。


 問題は速度と威力と精度だ。


 あの時テンプスは完全なタイミングで箒を切断した、ブースター抜きとはいえ、フェーズシフターの切れ味は下手な剣よりよっぽど上だ、少なくとも、ジャックの魔剣と打ち合えるほどの切れ味がある、並の物体ならバターの様に容易く切り捨てる。


 だというのに箒は砕けた。


 これは、剣と箒が接触した際に反作用で箒側に届いた衝撃が箒の耐えられる限界を超えていたから起きた現象だ。


 ということは――あの箒は、並外れた力によってこちらに放られた事になる。


「よく手首持ちましたね、私なら折れてますよ。」


「固いもん斬る職業だからな、鍛え方がちがうよ鍛え方が――ぶっちゃけ、フェーズシフターのおかげだ、アレはオーラの刃だろう、反動が手首に来んのだ。」


「ほう?便利ですねぇ」


「そら、伊達や酔狂でスカラーの兵器しとらんさ。」


 フェーズシフターでなければ――少なくとも、学園の貸与品当たりのなまくらなら、手首と剣そのものが砕けていてもおかしくない威力があった。


 また精度もいかれている――いったいどうやれば、月もない夜に25m離れた相手の心臓を正確に狙える?


 おまけに、相手は魔力を使っていないのだ――つまり、純粋な身体能力だけで、これを実行したことになる。


「魔族か獣人しかありえなくないですか?」


「ただ、特徴に会う獣人がおらん、夜目が効く奴はあんな威力で箒は投げられん。」


「投げられる奴はあそこまで正確に心臓は狙えない……魔族ですかねぇ。」


「二人の魔族が、保護区から抜けて僕と君に気づかれずに学園に入り込んで、学園側の警報全部潜り抜けて、あの一発で逃げるって?無理があるよ。」


「ふぅむ……」


 いよいよ、わからない。


 わからないが――


「――まあ、誰かさんが襲撃してきたおかげで、こっちの考えが正しそうなのは分かった。話を聞きだすとしよう、でないと、自衛もできん」


「どのタイミングでつつくんです?襲撃があの子がらみなら、もう被害は出てますけど。」


「……今日の昼かな、あの調子ならたぶん、今日もお昼を――とか言い出しそうな気がするし。」


「じゃあそうしますか……面倒なことになりましたねぇ。」


「ホントにさ。」


 げんなりとつぶやく――何だってこう、厄介事ばかり群れを成して殴りかかって来るのだろうか?

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