狙撃
「はぁ、襲われたのに相手に気使って戦ってたんですか?」
「仕方ないだろう?僕には僕の都合ってのがあるんだよ。」
あきれ顔のマギアに向けて肩をすくめて見せたテンプスは一言返す。
「まあそれは分かりますけどねぇ……いや、まあ、先輩はそう言う人ですか。」
「どんな奴だよ……」
「1200年前の厄介事に首を突っ込んでくるお節介な人。」
「迷惑ならやめるけど。」
「助かってますよ。」
「ならよかった。」
そう言いながら、二人で倒れ伏した狼人の男を眺める――寝相は悪いらしい。
「で、狼先輩はいつ起きる?」
「起きた時にもう一度戦いたくないでしょう?大凡、10分です」
「そうか……ま、風邪ひくぐらいなら迷惑料ってことであきらめてもらうか。帰――」
瞬間、言葉が止まる、氷塊をぶち込まれたかのような悪寒が走る。
殺気だった。
目の前の傭兵の圧とは桁違いの、洗練された刃のようなそれ。
瞬間的に膨れ上がった殺気に二人が気づいた時にはすでに攻撃は放たれていた。
テンプスの背中側の校舎の一角から何かが放たれるのは、彼が、腰からフェーズシフターを再び抜くのとほとんど同時だった。
テンプスがそれに気がついたのは周囲が静かだったおかげだった、質量を持った物体が空気を裂きながら直進するときの風切り音を彼の耳が拾った。
斜め上から打ち下ろされた飛来物による一撃。それは明らかに、テンプスの心臓を狙っていた。
反射的に体が動く――右手に備えられたフェーズシフターが脈動し、白の刀身を形作りながら高速で夜の帳を切り裂く。
父の修練と彼の才気が合わさった一撃は、テンプスの狙った通りの軌道で中天を進み、飛来してきた物体を切り裂いた。
刀身が中ほどまで埋まった時、バキバキと何かが壊れる音を響かせて、飛来物が砕けた。
砕けた破片の一部が顔の脇を通り過ぎて、皮膚を裂く。
『――上か。』
頬を流れる血を気にせずに顔を持ち上げる。
飛来物の飛んできた角度と速度から、大雑把に読み取った方向に視線を向ければそれは二階の廊下を駆け抜ける影として映った――この時間に、あんな場所を走る影が、一般の生徒であるはずもない。
明らかな敵だ。
『――この距離で撃ったのか』
テンプスはそっと目を細める。
彼が今いるのは正門の前にある広間とでも言うべき場所であり、そこから攻撃が放たれた校舎まではおおむね大股で十五歩――おおよそ十五メートル。
そこから攻撃が放たれた二階はさらに六メートルは離れている。
この暗い夜に、それだけの距離から、心臓に向かって正確に一撃を決める。
明らかに尋常な腕前ではない。
『距離がありすぎて追えん……使うか。』
ゆっくりと左手をフェーズシフターの柄頭に持って行く、そこにあるのは柄と刀身を固定するための金具だ、船の碇の様に左右に広がるその部分に左手を添えて、力を――
『――!?』
――再びの風切り音に、即座に動きを止める。
また後ろからだ。
とっさに身を翻し、飛来した物体を切り裂こうとして――
「――先輩!」
叫んだ声と共に現れた炎がそれを代替した。
マギアだ、いつものどうやっているのかわからない高速魔術で防いだらしい。
「――すまん、助かった。」
言いながら、ゆっくりと懐から時計を通りだす――どうやら、こいつを使うべき相手らしい。
「明日の朝、ホールケーキおごってくれたらそれでいいですよ。」
「強かな奴め――行ったか?」
「おそらく。」
一瞬だけ現れた刺すような殺気はすでに消えていた――おそらく、二射での殺害に失敗したので、そのまま逃げだしたらしい。
「あれ、僕狙いだったよな。」
「ええ、間違いなく。」
「……今度は誰の恨み買ったかな。」
そう言って、ほほを撫でる――指先が血でぬれる。
「相手の顔見たか?」
「いいえ、ついでに言うと、魔力も感じません。」
「奇遇だな、僕にもパターンが見えなかった。」
つまり、この犯人は純粋な膂力でこの『砲弾』を投げているらしい。
ちらり――と視線を向ければ、そこには砕けた『砲弾』の破片が散逸している、よもや……
「箒とは……」
そこに散らばっていたのは原型もわからぬ程く砕けた竹ぼうきの一部だ。
それがかろうじて箒と分かるのは、地面を掃く部分が唐牛で残っているからだ。
「やり投げの選手でも怒らせたんですか?」
「そんな御大層な知り合いはおらんね。」
「じゃあ、蛮族ともめたとか?」
「僕が蛮族呼ばわりされるのに?」
「部族の誇りがーとか言って揉めそうでしょう。」
「そんな理由で殺されたくねぇなぁ……」
渋い顔で答える――頭が働いていない。
普段ならもう少し何か思いつくのだが、もはやテンプスにそんな余裕はなかった。
言葉の通じぬ未開の者とも、キャラクター性の暴力とでも言うべきダメ男五人衆の襲撃を受けて、夜には以前助けた先輩から殴りかかられ、あまつ、最後にはこれだ。
薬込みなら不眠不休で動けるテンプスも今日は疲れた――ダメ男五人衆が想定の五倍きつかった。
「……帰ろうか。」
だから、彼が口にした提案は、今彼の中では最優先だった。
「ええ――頬、大丈夫ですか?」
それを知っていたのか、あるいは単に自分が帰りたかっただけか、マギアは当然の様にうなずいた。
「ん?ああ、まあ、見た目ほど深く切れてはないよ、それよか疲れた、寝たい。」
「おっ?今回はちゃんと寝るんですね。」
「君がうるさいからね。」
「私が賢いからでしょう?」
「どっちでもいいよ……」
くすくすと笑うマギアに苦笑交じりに答える――ようやく長い一日が終わろうとしていた。
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