夜闇の中で

「すいません、忘れ物しました、先行っててもらえます?」


 そうマギアに言われて、テンプスは一人、夜の帳が下りた廊下をいそいそと歩いていた。


『結局どっちにするべきなんだか……』


 彼はまだ首をひねっていた。


 今彼が考えている大まかな想像が真実であった場合、あの少女――アマノがやっていることは別段『周囲に被害をもたらすものではない』。


 ゆえにわからないのだ――関わるべきなのかどうか。


『今のまま、隠れて事態を進めていくのなら――』


 自分が介入するとまずいことになりかねない。下手に『厄介者』とやらを刺激するのは良いことだと彼には思えなかった。


 それに、あの十人も相手をする必要もある。


 今日あった五人は――まあ、たぶん、性格がくそである点を除けば普通の人間だろう、警戒しない理由はないが、しすぎる理由もない。


 ただ――後の五人が怪しい。


 転生者である事はともかくとして、それ以外の――なぜだか能力を隠している様子や可能な限り目立たないようにしているその振る舞いが妙に気にかかる。


『杞憂ならいいがな……』


 そうでないと、めんどくさそうだ。


 質の悪い状態が続くのは避けたいところだった。そうでなくとも、すでに疲れ切っているというのに。


 ゆっくりと息を吐く――どうにも疲れる話だ、今までの二件とは明確に違う疲れがある。


『薬の副作用も魔力の干渉も耐えてきたが……今回は疲れるなぁ……』


 古い記憶を思い返し、その上で思う、今回はかなり――主に心が疲れる……何だって、ああも話の通じない人間との会話は心に響くのか。


 疲れる一日の終わりに、何事も起こらないように祈りながら歩く――まあ、その願いはかなわないのだが。


 それは大図書院を抜け、正門に続く少し長い通路にはいった時に起こった。


 ――殺気。


 夜の帳の降りた廊下の先、おそらく、正門に通じる道の扉のすぐ手前に存在するさっきの主は全ての輪郭を溶かすような闇の中で、それでも鋭敏にこちらに殺気を向けている。


『――待ち伏せか……ずいぶんと古風な奴だな。』


 鼻を鳴らしながら腰からフェーズシフターを取り出す、刃はまだ出さない――日のもとで見ると気がつきにくいが、実のところオーラの刃は薄い発光現象を伴う。


 この暗さで使えば、こちらが武装していることも、どう構えているのかもわかってしまう。寸前まで刃は出さないつもりだった。


 こんなところで待っているくらいだ、夜目が効かないことはなかろうが無駄にこちらのことを教えてやる必要もあるまい。


 数歩進んで止まる――感覚が告げている、ここから先に進むのは危険だ。


「――さすがだな、テンプス。気づかれたか。」


『――この声は……また、何で僕を?』


 テンプスはこの声を聞いた覚えがあった。


 闇の中から現れたのは――頭部に狼の顔を乗せる男。


 棺の一件の際一触即発になった男。


 ジャック・ソルダムにゴーレムに偽装され、あまつ暴走させられ戦った相手――


「――おほめにあずかり光栄だ、。」


 そう言って闇から月明かりに向かって姿を現した相手を眺める。


「あの件の時は世話になったな。」


「別に大したことじゃない、僕は殴りたい相手を殴っただけだ。」


「それでもだ、助けられた人間として礼は言わんとな。」


 そう言って頭を下げるロボを見ながら、テンプスは思う――本当に初めての接触の時の印象は後を引くんだなぁ、と。


 テンプスの中に、彼が頭を下げる印象はない。そんな人間がこちらに礼を言う光景は妙な違和感があった。


「結構な心掛けだ――そう思うんなら、引いてほしいんだが……」


「そうもいかない。」


「理由を聞いても?」


「俺の種族の職業を?」


「――なるほど?」 


 以前聞いたことがある――『狼人族』は、大戦以前から続く『傭兵稼業』をしていると。


 言ってしまえば金で動く兵隊。


 優れた戦闘の才能とそれ以外を行うには少々難しい彼らの気質的な問題によって代々引き継がれてきたこの家業とでも言うべきものは、魔性の存在の討伐や国の兵士だけでは手が足らない案件に対しての補充要員として使われる。


 だからと言って、同じ学園の生徒に殺気をたぎらせて襲ってきてもいい理由などないが……


『よっぽど金がよかったのか……』


それとも単に、あの時ジャックに邪魔をされてしまった戦いのケリがつけたいのか。


『考えても始まらんな。』


「依頼内容は?」


「お前をある程度の期間動けないようにしてほしいそうだ。」


「どれぐらい?」


「最低二週間。」


「……ふむ?」


 首をひねる――はて、何かあっただろうか?


一瞬の思考の間にいくつかのパターンが流れたが、それらは形を作る前に消えてしまった。


のどに刺さった魚の骨の様に痛みを生むその疑問をテンプスはあえて無視した、今はおそらくそれどころではない。


「依頼人は聞いても?」


「答えられん。それは俺個人の問題ではない。」


「だよな。」


 言いながら、素早く二度引き金をはじく。


 虚空から生まれた白刃は、以前ジャック・ソルダムを倒したときと同じように、まるで水晶の輝きを持つ水の様に煌めき、周囲をほのかに照らした――もはや、激突は避けられまい。


「難儀な商売だな。」


「ああ――初めてそう思ったよ。」


 次の瞬間、ロボの姿が消えて――次に彼を眼にした時には、その体はテンプスの振りぬいた白刃と激突した。


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