最良のパターン

「……何それ。」


 またぞろ出て来た新たな概念にテンプスが目を白黒させる。


 どうにも最近、世界の裏側に触れすぎている気がしてならない。


「物質界の概念は?」


「知ってる、だろう?」


 そう言って、つま先で地面をける。


「ええ、私たちのような物理的な肉体や性質を持って生まれる存在の領域を指す単語です。それが分かるのなら、アストラル界もわかるでしょう。」


「霊的な存在の世界だな、存在の実証はできてないが。」


「ええ、まあ、私やらタロウさんの存在ですでに証明はされてますけど――要するに、物質界以外にも世界と呼ばれる領域はあります。それも、アストラル界だけでなくね。」


「ほう、ああ、いや、スカラーの資料にそんなこと書いてあったな。二百八まで観測したとか何とか……」


「えっ、なんですかそれ、読んでないですよ私、何で隠し――「後で渡す後で渡す」――結構。えー……どこまで話しましたっけ?」


「アストラル界だけじゃない領域の話。」


「ああ――んんっ、で、ここからは死んだことのない人間には想像しずらいでしょうけど、これらの領域にも子供って生まれるんですよ。」


「――ほう!」


 驚いたようにテンプスが顔を上げる――興味深い話だった。


 飴―bと呼ばれている生物の様に生殖機能のない生物が子をなせるという話は聞いたことがあるが、よもや物理的に肉体を持たない種族でもそんなことができると、


「食いつきましたね、まあ、わかりますけど。まあ、生まれ方は様々ですよ、魔力が凝集したら意志と魂を持ったとか、いろいろ。ただ一つ確かなことは、それらの魂は基本的に『物質界の物と交わらない』ことです。霊体が人にじかに干渉できないようにね。」


「ふむ……理解できる概念だな。」


 ゆえに代行者なる制度が存在する――と言われれば納得だった、つまるところ、何かしらの理由でアストラル界から逃げ出して体に入り込んだ魂や、罪を逃れた魂は基本的にこの領域に居るウ人間にしか裁けないのだ。


「で、アイツらはそこから出て来た魂だと?」


「ええ、おそらく、この世界に類する存在の魂であれば、魂はすべて等しく『渡し守』に送られます。そこに対して、何かの魔術や奇跡が重なるとごくまれに起こる現象――らしいですよ、私も、代行者歴は短くてちょっとわかってないとこもありますけど。」


「ふむ……それで五人か?」


「《ごくまれ》の定義について考えたくなりますね。」


 顎に手を当てる――アマノの話を信じるのなら、これで容疑者はゼロということになる。


 疲れの原因であるダメ男五人衆は転生者ではない。であるなら、代行者の追う存在であるはずは当然ない。


 また、転生者組も容疑者から外れることになる。


 彼女が追っているのは過去にこの領域で罪を犯した存在だ、決して他所の次元で生まれた存在のことではない。


 そもそも、なぜ彼女はこの件が表質化してすでに日時が立っているのに、彼女が一日で調べ上げたことが理解できていない?


 マギアは優秀だが、決して複数に居るわけでもないのだ、作業効率はそれほど変わらない、何より、遠目で見ただけの彼女に分かるのに、なぜ、間近で見ている彼女にその事実が分からない?


『……やっぱ、か?』


 腕を組んで考える――答えは出ないが行うべき問いは分かった気がした。


「一応聞くが――ほかの五人は、確実に転生者じゃないのか?」


「私の感知ですから――と言いたいところですが、相手が『抜け』ですから、なんとも言えません。」


「と、言うと?」


「基本的に、私たち『契約者』――復讐してもらう側はなんとなく自分たちと同じものの気配が分かるんですよ。私たちも異物だからなんでしょうね。」


 そう言って手をひらひらと彷徨わせる。


「私の言う霊が見えるっていうのはそう言う感覚の話です、で、普通の転生体なら余裕でいけます――それこそ、『逃れ』だったり例の五人みたいに外れた連中は気配でわかりますけど、基本的に『抜け』の連中は何かしらの方法で冥府から逃げてきてる連中ですから……」


 そこまでい居て言いよどむ――まあ、何が言いたいのかはわかった。


「隠れる手段があると。」


「ええ、まあ、基本的にはそうなります――ごくまれに運がいいだけって例もなくないらしいですけどね。」


「ふむ……それ、被害者本人もわからんのか?」


「どうでしょう……ただ、私もタロウさんもそうですけど、基本的に敵にする相手はなんとなくわかりますからねぇ……つながりがあるんですよね、魔術的な。」


 そう言って、彼女は小指を立てて見せる――随分と薄汚れた運命の赤い糸だ。


「ふむ……なら、彼女の契約者ならわかると?」


「可能性は十分あります。」


「……だが、僕たちにそれを伝えてはこない――」


 彼の中で、ある一つの可能性が本格的に像を結び始めていた。


 何故そんなことをしたのかはわからないが――何がしたかったのかはわかった気がする。


『……しばらく乗ってやるべき……かなぁ?』


 ゆえに、考えてしまう――果たして自分は、どう選択するのが最良のパターンなのか。


 日が暮れ、夜の帳が落ちる――答えはいまだに出ていない。



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