センスのおかしな男と巻き込まれた男
「……あ、あの……テンプス・グベルマーレさん……ですか?」
いよいよ放課後、長く……妙に疲れる一日も終わりかと期待していたテンプスの耳元にその声が響いた――まだ終われない、と一日が最後の追撃に来たらしい。
『……折り返しか……』
げんなりと肩を落としながら、振り返る――そこに居たのは例によって『見覚えのある他人』で――ドン・トラペンタを超える奇抜さの男だった。
何せ全身が桃色だ――それもかなり深い、極彩色と言っても差し支えないひどい色の。
髪色は七色に輝き、唇は藤色だ肌は――幸いにも普通の色だった。
『何だろう……色合いで人の目玉に喧嘩売ってきてんのかな。』
首をひねりながら目の前の男について思い返す――
――ドゥエル・アルプ。
この不思議な色合いの生き物は世界的な芸術家の息子だ。
様々な作品を世に出している――らしい、その人物は世界で著名な賞を受賞して、世界にその名をとどろかせた。
その前衛芸術、などと呼ばれる作品は世界でも高い評価を得ている――らしい。
そんな男の息子もまた……ずいぶんと前衛的なセンスをお持ちらしい。
「は、始めまして……ドゥエル・アルプです。」
「あ、はい、どうも、テンプス・グベルマーレです。」
そう言いながら頭を下げる少年を見ながら、少しばかり面食らう――ほかの四人に比べて、まだしもまともな自己紹介だったからだ。
『……いかん、ほかの四人があまりにもイカレポンチなせいでこの程度のことで人を見直していしまう。』
首を振る――別に、特殊なことをしたわけでは全くないのだ。
「えー……何か御用ですか?」
「あ、あ、あ、はい、こ、これを……」
そう言って手渡してくるのは――何やら妙な形の石だった。
「?えーっと……」
「ど、どうでしょうか。」
「……何が?」
「この石……」
「……」
さあ、いよいよどうしていいのかわからんぞ?
手の中の石を矯めつ眇めつ眺める――石そのものはそこそこ古い代物だ、なめらかで、頑健だ。
この手の石は粘土質な地盤にはない――いや、待て、そもそも何を聞かれているのだ?
手の中にある石ころはまるで潰れたヒキガエルのような形だ。これの何を評価すればいいのだろう?
「そ、それ、父の作品なんです!」
「はあ、これが……」
どこか怒ったように声を荒げる男にテンプスは気のない返事をする――正直興味がなかった。
「――もういい!やっぱり、あんな不格好なガラクタを使うような奴は芸術を理解できない!」
「へ?あ、はぁ……」
突然猛り狂った男に手の内の石を奪われたテンプスはきょとんと、
「まったく……!これじゃあ頼み事だって実行できないじゃないか!」
そう言いながらぷりぷりと歩いて帰ろうとしている男を眺めていたテンプスは何だったのか?と首をひねっていると、突然振り返った男は再び大きな声で叫び始めた。
「良いですか!あなたにはねぇ――」
「なんなんですそいつらみんな喧嘩売ってます?」
「もし商品なら訴え出るぞ僕は……」
そう言って、首を上げるような力もないのか、微動だにせずに声を絞り出した。
こんなことに金を使うぐらいなら目の前の後輩か弟当てに贈り物でも買う。
放課後の夕暮れ、いつかのような赤に染まる研究個室でテンプスはまるで死体の様に机に突っ伏していたテンプスは疲れ切っていた。
「で、何言われたんです?」
「――「ほかの四人は彼女の婚約者としてふさわしくない、彼女にそう伝えろ。」だそうだ。」
「……うわぁ」
心の底からげんなりとつぶやいたマギアの一言に苦笑する――まあ、自分も同じ感想だったが。
『あんな美しくない連中に彼女はふさわしくない。』
『あんな智慧の足らない連中に彼女はふさわしくない。』
『あんな金のないやつらに彼女はふさわしくない。』
『あんな力の足らない連中に彼女は守れない。』
『あんな美的センスの死んだ連中では幸せにできない。』
こんな主張を長々とニ十分近く毎度聞かされると、テンプスの忍耐力でも厳しいものがあった――特に、中身のない自慢だけがもたらす情報の少なさは驚異的な心労をもたらすものだ。
「なんだって他人の自慢ってやつはああも耳を滑るんだ?」
「興味ないからでは?根本の部分で言えば、何人かは自分の力ですらありませんし――はい、お茶。」
「ああ……」
納得したような声を上げて、テンプスが体を起こす――疲れ切った動きだった。
「ほかの五人は?」
「そっちは動きなしだ――どっちかっていうとこっちの方が怖いよ。」
そう言って、彼は『特徴の乏しい方の五人』の資料を眺める。
実際、この連中は今日一日、一切接触してきていない――この連中の不気味さも相まって、テンプスはどちらかというとこチアに注目していた。
「ふぅむ……それ、当たりかもしれませんよ。」
「あん?」
不思議そうに声を上げるテンプスにマギアが告げる。
「――こっちで動いてるとき、昨日の晩に資料でもらった、男どものことを見ましたけど、今話に出た五人は白です。転生者はいません。」
それはどことなくテンプスも感じていたことだ。何というか――生粋のだめ男の気配がした。
「――なるほど、ってことはこの話の流れから察すると――」
「ええ、貴方に接触してこない五人は全員転生者でした。ただ――」
「ん?」
そう告げる彼女はどこか歯切れ悪く言葉を切った。
「――あれ、たぶん、法則から逸脱してる連中なんですよねぇ……」
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