金持男と強い男

「――あーそこのお前、テンプス・グベルマーレだな?」


 昼休みの廊下、目の目に突然現れたのは――なんとも派手な集団だった。


 五人の従者に何やらそれぞれ自分の持ち物らしきものを持たせ、二人に足元にやたらと高そうな絨毯を引かせている。


 そこをまるで王族のような尊大に歩いてくる、まるで金箔でも着ているかのように目に悪い制服をまとっているのが、自分に声をかけてきた男らしい。


『三人目、若干なれつつあるな』


 そう、その男もまた『見覚えのある他人』だった。


 ――ドン・トラペンタ。


 どこか間違えたようなこの成金マンは大企業の御曹司であった。


 どこぞのスモモ一族と同じようによその国にも商品を卸す彼らは林業を営む一大企業である。


 三つの国に別邸を持ち、平服に七色の輝きを持つらしいどっかの国の偉く高い生地の服を着こみ――何では知らないがすべての歯に別々のかざりものをしている。


 じゃらじゃらと手に付けた貴金属はそれだけで疲れてしまいそうな重量感だったし、ぶつかり合っているのか妙にうるさい。


『……ほかの二人とは別系統の変人が来たな……』


 まさかあの二人ですら、見た目という点でましだったとは恐れいる。


「おい、お前、答えないか!」


 そう言いながら、やたらと大きな荷物を持った最もドンに近い従者が声を上げる。


「あー……失礼、認めますよ、僕がテンプス・グベルマーレです。」


「そうか、ならばいい――やはり死刑執行人の男だけあって金がなさそうだな。」


 そう言いながら、矯めつ眇めつこちらを見る視線は非常に不躾だ――またぞろ、腹の立つ男が出てきたな……と内心で苦虫でもつぶした様に顔をゆがめた。


「で、金なし、いくらほしい?」


「はい?」


 突然の一言に彼が首をかしげる――この話の流れは知らないパターンだ。


「いくらほしいかと聞いたのだ、答えろ。」


「……何がです?」


「察しの悪い奴め……いくら出せば、アマノのことをあきらめるのかと聞いているのだ。」


「あー……」


 なるほど、この男も質の悪いタイプらしい。


 当たり前のように感情を売れと宣う男にげんなりとした視線を向ける。


「あー……あきらめるも何も、僕は彼女にそう言った感情は持ってませんよ。」


「なに?しかし、こいつらの話では……」


「そう言う……うわさが流れてるのは認めますけどね。」


「ふむ……お前たち、次の給与査定は期待していろ。」


 そう言われて、従者たちの表情が固まる――こちらをにらまれても困るのだが。


「では、お前と話す必要もなかったな……行くぞ。」


 そう言って、踵を返す彼を眺めながら、げんなりと肩を落とす……まあ、これで立ち去れるのならそれはそれでもいいか。と歩きだ――


「――ああ、いや、待て、そこの……貧乏人。」


 ――せない。


 振り返った金色の男が声高に告げる――


「お前にやらせたいことがある、聞け――」








「……お前がテンプス・グベルマーレだな?」


『――またかい……』


 今日はどうにも運が悪い日だな……と体を翻せば、そこに居るのはやはり、『見覚えのある他人』だった。


 ――ジェナス・ショルフ


 市長のもう一人の息子にして、ドミナイ・ショルフの弟であるこの男はこの学園でもそれなりの技量を持つ戦士だ。


 サンケイと同じような魔術戦士である彼は一回生でも七番に入る技量があり――ちなみに彼の上に居るのはエリクシーズとマギア、ついでに実はお強いタロウ何某さんだ――兄と似た顔立ちに、武人のような厳めしさを持っていた。


 その細くも筋肉質な腕から放たれる一撃で数多の勝利を収めて来た彼は、将来は王宮の近衛か、さもなければ特殊部隊ではと目され――テンプス的には特殊部隊はお勧めしないが――ている兄と同じ秀才だった。


「お初にお目にかかる――ジャックを倒したという割にはひ弱だな。」


 この男ども初手で人を貶めないと気が済まないのだろうか?


 内心疲れと苛立ちを感じるテンプスだったが、いつものパターンで自分を落ち着かせる。呼吸を乱すべきではない――この手の空いてなら特にだ。


「あー……まあ、筋肉があれば勝てるもんでもないですからね。」


「ああ、魔力の量も重要だな――最も、そちらにはそれもないようだが。」


 なぜ、マギアやタロウ何某さんと同じようなことを言っているのにこうもこいつのセリフはいちいち癪に障るのか……


 我知らずひくつき始めたこめかみを意志の力で押さえつけながら、テンプスはさっさとこの邂逅を終わらせにかかった。


「それで――何か御用で――」


「――女を養うのにないが必要だと思う?」


 こいつも人の話を聞かないタイプだった。


「あー……」


「わからんか、まあ、そうだろうな、人の首を取って生きているような連中にはわかるまい。」


 あーこういうタイプかー……と内心で遠い目をする――居るのだ、こういう何かにつけて職業差別をしたがる人間が。


「女を養うのに必要なのはな――力だ。」


「……」


 もはや完全に興味のない態度のテンプスに一切注意を向けずに、彼は話し続ける。


「金だの教養なんてものは最終的には役に立たん!最後に物を言うのは力だ!あらゆる脅威から女を守る力、それこそが重要なのだ!」


「はぁ……」


「そして、それを持っているのはおれだけだ――ゆえにお前、いいか――」





『……あと六人か……まだ折り返しでもないのか?』


 結局昼食の時間もなく次の授業に出る羽目になったテンプスは胸中でげんなりとつぶやいた。

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