顔のいい男と頭のいい男

「――やあ、貴方がテンプス・グベルマーレですね。」


 妙に気安い調子の言葉が廊下に響いた。


 翌日の朝、いつものように研究個室に向かうテンプスの後ろから声をかけて来たその男はテンプスにとって『見覚えのある他人』だった。


 ――ダニエル・ジョンソン。


 1000人が見れば1000人が美形だというこの美男子は、世界的に有名な舞台役者の子供だ。


 親の血をいかんなく発揮したその容姿は、巷では10000人に一人の逸材などと呼ばれているらしい、熱心なファンも多く、ファンクラブなんて物もあるらしい


 すでに広告塔としてそれなりの収入を得ているらしいこの男は自分の容貌への自信に満ち溢れていた――只、マギアやアマノに比べるとどこか見劣りして見えるのは否めないが。


「――アー……失礼、急いでるんですが。」


 彼の体から立ち上る面倒事のパターンを見つめてテンプスは回避行動に出た――が、遅かった。


「10分ぐらい位でしょう?今やあなたは『死刑台の悪魔』だ、誰も文句などいいますまい。」


「……過大評価ですよ。」


 実際そうだ――あの後輩が何を言ってくるのかわかったものではない。


「――私は彼女に香水を渡しましてね。」


 そんなテンプスの危惧もどこ吹く風と無視したダニエルは言葉を続けた。


「心を籠めた贈り物だったのですが断られてしまいましてね。」


「はぁ……」


 そうだろうとも……と、テンプスは内心で思う、いったい誰がトイレまで付きまとう人間に贈り物をもらってうれしいと思うのか?


「いえいえ、わかるんですよ、彼女の気持ちも。」


「ほう?」


 流石にその程度の観念はあったか――と考えた少年の耳に飛び込んできたのは驚くべきことだった。


「当然。困ってしまうでしょう――こんな美形に告白されてしまっては。」


「……ほ、う?」


 首をひねる――今なんといった?


「よくある事なのです、僕ほどの美形が歩けば人目を引いてしまいます。女性はみんな僕に懸想し、もめ事になったこともしばしばです。」


『……これは罪の告白か?それとも自慢か?』


 ちょっとわからない。


 というか、この男、まさかと思うが自分が行った付きまといに対して何も思っていないのだろうか?


「そんな僕からの贈り物ですから、当然、普通の女性ならば目を回し失神してしまうことでしょう。わかりますよ。」


 そうって自信に満ちた様子で髪をかき上げる――やっぱり、そんな仕草も、マギアやアマノ女史に比べて輝きのようなものが足りない。


「そう言う意味で、彼女と僕はとても釣り合いが取れていると言えるでしょう。」


「はぁ……」


「僕と彼女は付き合うべきなんです――この美貌に導かれたのだから。」


「はぁ……?」


『……これ、マギアがいなくてよかったな……』


 どこまでも虫唾の走る告白にテンプスは内心で息を吐く――彼女がいたら、彼の眉間に穴が開いていてもおかしくない。


「――ああ、わかっていただけて良かった、そこで本題なのですが――」


「……?」


「――貴方にお願いがあるのです。」






「――もし、そこもとがテンプス・グベルマーレですね?」


 次の誰何は大図書院の入り口だった。


『こんなに早く次の矢が飛んでくることあるかね……』


 ひどくげんなりと振り返ればそこに居るのはまたしても『見覚えのある他人』だ。


 ――ドミナイ・ショルフ


 この年にして、すでに市長である父親の業務を手伝っているらしいこの男は、秀才として知られている。


 わずか十二歳で父の仕事の一部を理解したとされるその優秀な頭脳は一回生の中で七位に入る知性を持ち――ちなみに、上に居るのはマギアとエリクシーズだ――その頭脳に恥じぬ精悍な顔立ちをしていた。


 そこそこの美男子だ――少なくともテンプスよりは。


「初めまして――全学年統一の学力トップにこんな形で会うとは思いませんでしたよ。」


 そう言いながら、どこか見下した様に彼はテンプスを見ていた。


「……まあ、努力の成果ですかね、魔術に弱くとも勉学はできますから。」


「ええ、ええ、そうでしょうとも。」


 そう言ってどこか小馬鹿にしたように笑う男の顔はその顔立ちに似合わずにどこか下劣に映った。


「そんな優秀なあなたなら、私がなぜここに来たのかもお分かりでしょう?」


「……アマノ女史の一件ですかね。」


「ご明察!」


 やはり小馬鹿にしたように手を叩いた――腹の立つ男だ。


「なんでも、アマノ・テルヨさんと親しくされているそうですね。」


 視線が厳しくなる――ここで気がついた、彼は明確に自分を敵視しているのだ。


 先ほどの彼は違った、彼は自分が完全な部外者であり、この一件にはかかわっていないと確信した様子だった。


 だが彼は?


 その目には明確な敵意を感じる――確実にこちらを敵視している。


 おそらく、彼の得意分野において、テンプスが一段上を行っているのが彼の警戒心に火をつけているのだ。


「親しく……は、ないかと思いますけどね。」


 そう告げても、彼は厳しい表情を崩さない。


「あなたの研究個室を訪れたそうじゃないですか。」


「彼女が話があるというので。」


「それが親しい証拠でしょう?」


「そう言われても――あったのは正門で会った時が初めてですからねぇ。」


 あっけらかんと伝えれば、目の前の怒れる秀才はその矛をいったん収めることにしたらしい。


「……結構、信じましょう。さて、本題はそこではありません――お願いがあるのです。」


「――何でしょう?」


「良いですか――」




 話を聞いて、もう一度自分の研究個室に向かって歩き出したときすでに時計は始業開始十分前を示していた。

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