ある女の来歴

「――私の契約者は少々特殊な方でして。」


 そう言って彼女は自身の契約者について語りだした。




 遠い昔の東の国、当時、かの国には非常に美しいとされた女性がいたらしい。


 目の前のアマノの様に美しい髪と麗しい見た目をした、美しい女性だったらしい。


 件の彼女はあらゆる人間に愛され、まるで背後から後光がさすような美しさであったという。


 ある老夫婦のもとに突然現れたその美しい女は国いちばん――いやさ、世界で最も美しいとすら謳われた、しかし、あまり人前に出ないことで有名だったという。


 何故なのか――と聞かれれば、彼女は『私には日の下を歩く資格がない。』と告げていたらしい。


 理由を聞いても答えない彼女に周囲の人間は首をかしげていたらしい。


 そんな彼女にはひとつ、明確な秘密があった――実のところ彼女はということだ。


 そう、彼女はある理由で、老夫婦が拾ってきた人ならざるものだったのだ。





「また、異常出生譚か。」


「まあ、あの本のお世話になるような人はそれなりに何かあるのがお決まりですよ――私みたいに。」


「それだと僕はお世話になれそうもないな。」


「えー……案外、古代スカラーの遺跡から拾われてきた子だったりしません?」


「昔、爺さんからそれはないって言われたからないよ。」


「聞いたんですか……?」




 さて、そんな秘密を抱えてはいたが、彼女の美しさは変わらない。


 その美しさたるや、一目見た人を「恋の病」とでも言うべき状態に変えてしまうほどだった。


 その状態になると、四六時中彼女を思い返し、食事ものどを通らず、熱病に浮かされたようになってしまうという。


 そんな彼女には当然のことながら、数多の求婚者がいたらしい。






「そんな女、嫁にしたいもんかね?」


「したいんじゃないですか?容姿がよければ。」


「……そんなもんかねぇ……?」


「大体の人は自分だけは「だいじょうぶだ」って 根拠なく思ってるものですよ。」


「あー……何かスカラーの医学書にそんな記述あったなぁ……」




 いまいちテンプスには理解できなかったが、それでも、世界はそういう風に流れて行った。


 当初――というか、常に、彼女はその誘いを断り続けていた。


 当然だろう、普通に考えて人ならざるものが人と付き合うのはハードルが高い。


 だが、それでもと言う者達が現れて――どうしようもなくなった。


 それは、彼らがあまりにも偉い立場の存在だったというのもあったし、同時に、あまりにもしつこかったということも影響したらしい。


 連日連夜家の前に立ち、会わせろ会わせろと、喚き散らす男たちに先に根を上げたのは老夫婦の方だったという。


 そんな彼らを気遣って、彼女はその男たちにあった。


 家に通された五人の男は、声高に自分の利得を語り自分こそが婚約者にふさわしいと告げる――彼女の意志を無視して。


 ゆえに、彼女は条件を付けたのだ――婚約するのなら、今から告げるものを用意しろと。


 曰く、あらゆる飛来物がかけたものを避けて通るという秘術の記された書。


 曰く、近くにあるものに有益な情報を告げるとされる、舌を持つ石。


 曰く、まじないの力を持つ東の国に居るとされる大蜥蜴の頭部に埋まっているらしい宝玉。


 曰く、あらゆる呪いを解き、口に含めば姿が隠せる指輪。


 曰く、生き物の目に入ると強制的に眠らせてしまう砂。


 これらの内、どれかを一つでも持ってきた人間を婿にすると告げた。


 男達は勇んで挑みかかった。


 挑みかかって――無理だった。


 あるものは詐術を使い、あるものは道半ばであきらめ、あるものは怪我をして――あるものはなくなったらしい。


 全員が悉く敗れて――そして、恨みを持った。






「――そのうちの誰かが彼女を殺した?」


「――ええ。そうなります。その男はほかの婚約希望の物に殺され、裁きを受けて――」


「逃げ出した。」


「はい、逃がすわけにはいきません。」


 そう言って彼女はこちらを見た、決然たる意志を感じる、強い視線だった。


「――私は、なんとしても犯人を見つけたい、逃がしたくないのです。」


 そう言う彼女に、嘘の気配は見えない。


「あなた方を巻き込んだことには謝罪します、ただ――どうか、ご寛恕いただきたく。」


 そう言って頭を下げる少女に、テンプスは一瞬考えてから。


「わかった。」と告げた。


「君がこの学校で何を探すにしろ、それは自由にしてくれていい、ただ、こっちに降りかかる火の粉はこっちで払うぞ、その中に、『厄介者』とやらがいても――こっちに文句はなしだ。」


「――ええ!もちろん!ありがとうございます!」


 そう言って、アマノは花も恥じらうような笑顔で笑った。








「――また巻き込まれたんだが。」


「そう言う星のもとに生まれてるんですねぇ」


 しみじみとつぶやいた二人は、どうにも哀愁を感じる風情だった。


「なんとも……よくある話だな。」


「地上のもつれ――お母さんもお祖母ちゃんがいなかったらああなってたんですかねぇ?」


「……どうだろうな――さてと、マギア。」


「はいはい、何なりと。」


「なんだよ、今日はえらく協力的だな……」


「同業者のミスで家主に悪い印象もたれても損でしょう?」


「なるほど?――ちょっと調べてほしいことがある。」


「ふむ?」


「―――」


 そう言って告げた内容に、マギアはどこか驚いたように目を見開いた。


「――あー……なるほど、そういう感じです?」


「わからん、少なくとも、彼女の来歴の話に嘘はないだろう……が、何か引っかかる、どうなのかはわからんが――知らずにボケと待つのは趣味じゃない。僕は『殴ってきそうな10人』の方を調べる、そっちは頼むよ。」


「了解です――厄介ですねぇ……」


「どっちにしてもな……」


 あきらめたようにため息を吐く――結局、自分はそう言う星のもとに生まれたのだ。

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