せいやくのしょ
「魂を冥府に送ってるのは僕じゃなくて彼女だ、その手の行為をしてるやつに用があるのなら君が探してるのはこっちだよ。」
そう言って顎でマギアを指し示す。
「えっと……えー……」
困ったように首をかしげているアマノをしげしげと眺めた後、傍らで憮然とした様子のマギアがそっと傍らのテンプスに声をかける。
「なんでわかったんです?」
「あってたか。」
「ええ、驚いたせいか、『相棒』が見えます。」
「相棒?あーいや、別に大した話じゃない、消去法だよ、僕と君、後まあ、ちゃんとじゃないがタロウ何某さん以外に霊体関係について詳しく知ってるやつがいるとしたら、君が魂を送ってる大本だと思ったんだよ、だとしたら、悪意なしに僕ら――いや、君か――に会いに来るのもわかる。」
ようは同業者への挨拶なのだ。
この管轄で追いかけるべき獲物でもいるのだろう、そのための面通しと言ったところか。
「なるほど?」
「君らの業務体系についてはよく知らんが、揉めない程度に仲良くやりなさいよ。」
「ええ、まあ……残念でしたね。」
「何が?」
「ファンじゃなくて。」
「別にいいさ――ほれ、向こうの準備もできたみたいだぞ?」
「ん――」
そう言って、視線を戻させた先では、立ち上がった黒髪の少女がこちらに向けて深々と頭を下げている真っただ中だった。
「――申し遅れました、東は太和の国の呪術師が一人、『黒の誓約』の代行者、天野輝夜と申します。」
そう言ってから典雅な様子で、黒髪の少女――天野輝夜は頭を下げた。
「あ、はい、えー……ゴホン。」
驚いたように固まっていた傍らの少女――マギアが動き出す。
「――ご丁寧にどうも、1000と200の時の向こうに消えた華美なる王国の最後の聖女、『赤の制約』の代行者、マギア・カレンダです。」
「――ああ、貴方が……お噂はかねがね聞いております、大変な境遇だと……」
「いえ、まあ……霊になるような存在はみんな大なれ小なれ抱えてますから。」
「そうですね……しかし、そうですか、貴方が『契約を持たない代行者』様でしたか、存在は聞いておりましたけど、性別は耳に入ってこないので、てっきりテンプス様だとばかり……」
「まあ、そう思われるように意図して暴れてもらってるところもありますから。」
余人には理解できない会話を繰り広げる二人の傍ら、突然蚊帳の外に置かれたテンプスは一人で茶をすすりながら、あることについて考えていた。
『……この子も、いつかの時代の人だったりするんだろうか?』
だとしたら、この部屋の平均年齢はちょっと目も当てられない程高くなるし、世のすべての女性は、彼女たちに肌の美しさを保つ方法を聞きたがりそうだな……
と、益体もないことを考えながら二人を眺めていたテンプスに気がついたのか、アマノは驚いたように。
「あ、申し訳ありません、こちらだけで話してしまって……」
と告げた。
「ん?ああ、いや、別にかまわんよ?好きに話してくれ。」
「いえ、そう言うわけには……あら?そう言えば、テンプス様は契約されていないのですよね。」
「少なくとも、彼女の口からその単語について聞いたことは――ないと思う……ないよな。」
いや、もしかすると多少はあるのかもしれないが、明確に何かしらの契約を交わした記憶はない。
「ええ、厳密に言うと、私が契約してるの別の人なので。」
「へっ?そうなのですか?」
「ええ……まあ、その、いろいろあって、こちらと行動を共にしてますが。」
「まぁ……何から何まで特殊なのですね。」
そう言ってアマノは困ったように頬に手を当てる。
「特殊って言うと――君の方とは違うのか?」
「はい、普通『霊体は肉体をもたない』ので。」
「――ほん?そう言う制度なの?」
驚いたように眉を上げる――彼はてっきり、ほとんどすべての復讐者が肉体をもってよみがえっているとばかり思っていたのだが。
「ええ、まあ……私の場合はちょっと毛色が違うんですよ。」
「――ああ、君本人が体を持ってるからか。」
思い返す――そう言えば、彼女は自分で肉体を作ったと言っていたはずだ。
それは裏を返せば、彼女は自力で体を復元したということになる、誰かの力を借りたわけではない。
「ご明察、本来は体も持たず、霊体のままらしいですよ。」
「ほぉん?で、どうやって君みたいに復讐するんだね?」
「そりゃ――そこの娘みたいに、現世の人間の力を借りるんですよ、特別な器物と『契約』でね。」
そう言って顎で指示されたアマノは厳かにうなずき。
「――はい、そうなります。」
「なるほど――で、その器物ってのがさっき言ってた、くろの……。」
「ええ、『せいやくのしょ』です。」
「ふむ……じゃあ、君は必要ないからその『せいやくのしょ』とやらをもらってないのか?」
「いえ、持ってないわけではないですよ――と言うか、一応、契約は済んでるんですよ――貴方の弟さんと。」
「ほう?」
「貴方に見破られる前に彼と行動していた時期があるでしょう、あの時に彼に頼んだんですよ。ただまあ――結果はこんな感じですけど。」
そう言う彼女はどこか、早まったなと思っているように、テンプスには見えた。
「おや、それはまた……申し訳ない。」
「いえいえ、ま、最初想定していた形とは違いますけど、あの魔女は始末できましたし、迷惑料ってことで貸しっぱにしてます。」
「……ぼくにははらわれてないけど?」
「こんな美人と一つ屋根の下で暮らせるんですから誤差でしょう?」
「……研究終わりに煤と油でべたべたになってる女はなぁ……」
「嫌いですか?」
「趣味があいそうだとは思うよ。」
そう言って苦笑するテンプスに「そりゃ似た者同士ですしね。」と肩をすくめた彼女はアマノに目線を向ける。
「そこの子とその後ろに居る『契約者』が本来の『復讐代行者』の姿です――あ、霊体って見えましたっけ。」
「あの魔女の時は見えた気がするけど……今は見えんね。」
「ああ……まあ、なんかいるんですよ、察してください。」
「君なんかだんだん僕の扱い雑になってきたな。」
「雑に扱っても問題ないでしょう?」
そう言ってくすくすと笑う彼女に胡乱な目線を送って、アマノに目線を送る――彼女も笑っていた。
「あ、ごめんなさい、あまりにも仲がよろしかったので。」
「ん……まあ、悪かったら組んで動いてないさ。」
そう言って苦笑する――まあ、悪い気はしなかった。
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