ある事実
「――おいしいです、ありがとうございます!」
そう言ってニコニコと朗らかに微笑む少女は、夕暮れに照らされてか、ほんの少し頬が上気しているように見えた。
いつもの研究個室、そこでお茶をする何時もの光景――ただ、相手が違う。
その身に纏う穏やか雰囲気と腰……いや、膝の上程まで流れる黒い夜をもつたおやかに微笑む女性――アマノ・テルヨが目の前に居た。
「わざわざすいません、このような席を設けていただいて。」
「いや、別に、僕も自分のファンとやらがどんな子なのか興味あったしな。」
そう言いながら、対面の席で茶をすする――やはり、悪意のようなものは感じられない。
そして――見れば見ただけマギアとは対照的だ。
穏やかな彼女にどこかとげのあるマギア。
攻撃の術が得意である後輩と捕縛の得意な後輩。
金にも銀にも見える輝く髪色のマギアに夜の様に暗い色の髪をしたアマノ。
髪の長さも違う、瞳の色も違う、年なんてそれこそ月と
そんな、すべてが違う少女と対面で座っている状況にテンプスはどこか違和感を覚えていた。
『悪意は感じんよなぁ、隠してる……わけでもなさそうだが……』
「あの……先輩?」
「ん?」
「先日はすいませんでした、あんなに大騒ぎになるとは思わなくて。」
「ああ……いや、別にかまわんよ。」
言いながら苦笑する――まあ、確かに、あれは大騒ぎだった。
あの正門でのことではない、その後のことだ。
自分のどこに惹かれたのかと憤る男子生徒の群れが、彼に挑みかかってきたのだ。
結局、先日の放課後はその手の連中をしばくのに使われてしまった。
『まあ、四人しばいたら止まったが……』
「本当にごめんなさい、私……」
「別にいいさ、君が意図的にそうしたわけでもないだろう?」
「ええ、ですが……」
「気にしすぎだよ――そもそも、あの手の手合いは僕が何してたって喧嘩売ってるもんだし。」
それは彼の経験則からくるセリフだった。
実際、去年はよくあったのだ――今年に入って、弟が入学してから、面と向かってそう言ったことをしてくることは減り、先だってのジャックの一件で完全になりを潜めていたが。
『げに恐ろしきは嫉妬の力か……』
「そうですか……ありがとうございます。」
そう言って頭を下げる少女に、やはり演技のパターンは見えない。
「いいって、気にせんでくれ。」
「はい、ありがとうございます。さすがですね。」
「……?何が?」
「その優しさがです、さすがは一人で二つの魂を送り返したお方ですね!」
『!』
眉が一瞬ピクリと動く――なぜそのことを知っている?
彼とマギアは魂にまつわる案件に人を関わらせた記憶はない。
強いて言うなら弟だが、彼にジャックの一件は知らせていない。
キビノタロウは知っているだろうが――この少女に知らせる理由がない。
片方を知っている人間はいてもおかしくないが、両方について知っている人間は限られ、彼女に話すだろう人間は皆無だ。
そう考えたテンプスはそっと口を開く。
「――何の話だ?魂?」
「――?おわかりですよね、だって、お一人で『御霊送り』をなされているんでしょう?」
瞬間、脇で魔力が膨れた。
マギアだ。
どうやら、どのような手段か不明だが姿を隠して、この研究個室に居たらしい。
『いるかもとは思ってたけどなぁ……』
まさか本当にいるとは……と内心で苦笑しながら、茶器を動かす動作に混ぜて彼女を制止する。
「――だからそれが何のこと……」
「?ですから、御霊送り――ああ、こちらではなにか別の言い方があるのですか?あなたが行っている『逃げた罪人の魂を冥府に送る作業』のことです。」
『……確実に知ってるなこれ。』
明らかな態度――彼女は自分とマギアが行っている『魔女狩り』や『鬼退治』について知っているのだ。
探るように視線が鋭くなる――その視線を受けた少女はきょとんとしている。
その顔から、敵意や悪意の類は全く感じられない。
『悪意からきてる行動じゃない、詐術に特有のパターンがない、だとしたら――』
ふと、彼はある可能性に行き付いた。
タロウ何某さんの一言と自分たちの事を知っている可能性が一つだけあるのではないかと思い到ったのだ。
そうだとしたら、彼女が話すべき相手は自分ではない。
「あー……たぶん君は一つ勘違いしてる。」
「勘違い――ですか?」
「ん、君の言う代行者は――」
足を動かす。
マギアの持ち込んだ歓談用の机の脚がかすかに動き、これを起点に起動する防衛用のパターンが動き出した。
「――まぁ!」
驚いたようにテルヨが声を上げた。
当然だろう――何もないと思っていた空間に突然人の像が結んだのだから。
この部屋に仕込まれた特異なパターンが魔術と魔力を破ったのだ。
そこに現れたのはアマノ・テルヨによく似た――けれど決定的に違う少女だった。
「――彼女だ。」
そう言って手を不満げに顔をゆがめた少女――マギアに向ける。
呪いやぶりのパターンは今日も快調だった。
「……先輩?」
「ん?」
「私、これでも気は使ってたんですけど。」
「だろうね。」
「……わかってて人のこと暴き出したんですか?」
「仕方ないだろう――用があるのはたぶん君だ。」
「――?」
不思議そうにこちらを見る不満な態度を隠さない後輩を眺めながら彼はぽかんとしているアマノを眺めて告げる。
「――たぶん彼女、君の同業だぞ。」
「――はい?」
今度は、二人が同時に呆然とする番だった。
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