明日の予定

「えーっと……ごめんなさい、どなたでしょう?」


「ああ、すいません不躾でしたね、アマノさん。私は少し離れているクラスの同級生のマギア・カレンダといいます。現在、テンプス先輩は私といくらかの研究を進行してますゆえ、ここ数週間に渡って予定が埋まっている状態です。秒刻みのスケジュールをこなす必要があるのでお構いできないと思われます。ですので、別の方の尻でも追っていた方がいいと思いますよ。」


 まるで立て板に流した水の様に言葉があふれる、勢いで相手の主張を押し流すような発声量と織り込まれた嫌味の毒気は彼女の心情を表しているようにも聞こえる。


「はぁ……では明日のお昼などいかがでしょう?今日も皆さんでお昼のようですし……明日は私と――」


「明日は明日で別の用があるので!」


「むぅ……そうですか……では、よい日を教えていただけませんか?どうしてもお話ししたいことがあるのです。」


「ですから――」


「――明日の放課後なら、かまわんよ、時間は空けられる。」


 かぶせるように口を開こうとしたマギアを制したのはそれまでぽつんと立っていたこの一件の中心――テンプスだった。


「――先輩?」


 傍らのマギアが困惑と怒りの入り混じった声を上げる――自分のやったことが台無しにされそうならそんな声も出るだろう。


「本当ですか!ありがとうございます!では、明日の放課後――どちらに伺えば?」


「僕の研究個室は?」


「存じておりますよ。」


「じゃあ、そこで会おうか。」


「ええ!それでは!」


 そう言ってうれしそうにぱたぱたと手を振って走り去る後姿を眺めながら、そっと息をついた。








「あ、痛ぇ!」


 ――廊下を再び歩く途上、テンプスは腰元に炸裂した肘の威力に呻いた。


 アマノ女史を見送った直後、周囲の人間の興味がこちらに移ったことを瞬時に確認したテンプスは即座に行動した。


 すぐ近くにあった窓から瞬時に身を投げた。


 ここは一階だ、飛び出したところで怪我などしない。


 体を丸めて地面の接地面を増やし、衝撃を分散する。


 一足遅れて、一般生徒たちがテンプスの後を追って窓枠を超えようとした時にはすでに彼は正門とは違う入口に向かって駆けだしていた。


 結果として、彼は逃げ切った。


 そもそも、彼への関心は先ほどの一件への興味だけだ、それほど執拗に追いかけることはないだろうと思っての逃亡だった。


 裏口から侵入しなおし、校舎の廊下を大周りで歩いていたテンプスの前に現れたのがマギアだった。


 さて何を言われるやら。と、近づいてみれば、返ってきたのはまさかの肉体言語だった。


「なにぃ?」


 うんざりしたように傍らの少女を見る。


「それを聞きたいのはこっちですけど。鼻の下伸ばして……情けない。」


「ご挨拶だな。」


「否定できるんですか?」


 再びあの瞳孔開いた視線をこちらに向ける物騒な後輩に苦笑しながらテンプスは頬を掻きながら答える。


「だって君、あの調子じゃあの子こっちがいいって言うまで確実に話し続けたぞ?」


「だからって自分の城にあんな怪しいガキを入れる必要ないでしょう。」


「自分の城だから入れたんだが……それじゃあ昼休みが終わるまで、延々押し問答するか?」


「――最悪、それも覚悟でした。」


 そう言って彼の目に向かって真っすぐにみる彼女からは決意の色が見て取れる――なるほどこれはマジのときのパターンだ。


「君に昼飯ぬかせちゃ、あとでどんな恐ろしいことになるかわからん。僕の問題で昼ぬかせるのもなんだしな。」


「むぅ……前回その手のことは気にしない方針で合意が取れたと思ってましたが。」


「本格的に揉めるならな、何の確証もないのに疑って、他人に不利益出しても仕方あるまい。」


「確証はありませんが、疑わしいのは分かるでしょう?あの子は明らかにおかしいです。大体――」


「明らかに僕のこと下調べしてるって言うんだろ?わかってるよ。」


「む……」


「まあ、それだけならあの一件の後で調べたで通るけど……まあ、疑わしいのは事実だな。」


 そう言って、彼女の様子を思い返す――どうにも、悪い感情を感じない奴というのが彼が彼女に感じる印象のすべてだ。


 だが、だからと言って、彼が何でもかんでも明かるわけでもない――そもそも、彼女が利用されていて、裏で何者かが意図を引いている可能性は十分あるのだ。


「安心しろ、僕だって馬鹿じゃないんだ、そんな簡単にほだされたりはせんよ。」


「……ま、そこは信用してますよ。」


「そりゃ結構な事だ、それに――」


「?」


 不思議そうな顔の少女を見ながら、古い記憶の端の方にある、決して愉快ではない記憶を掘り起こす。


『――いい?あんたみたいな出来損ない――』


「『――まっとうな人間には愛されるはずがない。』らしいからな。僕は。」


「……なんです?それ。」


「古い知人の金言ってやつさ――確かに、他人に好意を持たれた経験はないな。」


 家族は別だが――と言って笑う、テンプスはどこか諦観に満ちた顔で笑った。


 その顔が、なぜだかマギアにはひどく腹立たしいものに見えた。


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