突然の……
いったい、どれだけの時間が経過しただろう。
この目の前の少女が突然ぶち込んできた、誰もが予想できない爆弾発言。
先ほども語った通り、彼は現在、『死刑台の悪魔』なんていう非常に不名誉なあだ名がつき、大体の人間はその異名と大会の初戦で見せた悍ましき尋問によって大多数の生徒から恐れられている。
当然だがファンなどつくわけがない、もしつくとしたらそれこそ嗜虐趣味のある……特別な思考の人間ぐらいだ。
目の前の少女はそんな嗜好をしているようには見えない。
『……と言うか、この空気はあれでは?』
テンプスが思い返すのはもうずいぶん昔のことのように感じるオモルフォス・デュオの一件だ。
あの時もあの女は自分に好意があるかのような態度で近づいて来た挙句あのざまだ――彼女もその類なのだろうか?
『――でも、そう言う感じもせんのだよなぁ。』
あの女は何というか――明確にこちらに対する悪意のようなものが透けていて、それが彼が感じていたあの女への嫌悪や違和感に通じていた。
ところが、彼女からはそう言った気配は感じない。
きらきらと希望のようなもので輝く瞳を見ていて、彼はどこでこの目を見たことがあるのか察した――弟達のファンだ。
あの欲望とも尊敬ともつかない、目の奥のぎらつき、彼女の瞳の輝きはそれに近い。
『……まさかホントに僕のふぁんだってか?』
その可能性を一笑に付して彼は問いかける。
「あー……賭けで罰ゲームをやらされてるなら、もう達成しただろう?早く戻って報告すればいい。」
実際、こういった『質の悪いお遊び』は比較的多くあるものだ。
それで喜べる性格は七歳の夏に卒業した――決して愉快に思えない経験と共に。
いつだかの遠い夏の苦い記憶と共にそう言葉にして彼女を見れば、心外だと言いたげにテンプスに強い視線を向け。
「罰ゲームなんかじゃありません。本気です。そんな質の悪い遊びなんて……そんな最低な人間じゃありませんよ。」
そう言って、ぷりぷりと怒っている――その様を見てテンプスは混乱した。
怒りに演技のパターンが見えない。
つまり――どうやら本気で怒っているらしい。
知らないパターンだ――尊敬などされた経験がない。
困惑の至りに立って、どうしたらいいのかとおろおろと周りを見渡せば、どうもそれは後輩たち、ファンたち、そして傍らの魔女も同じで、全員が同じ顔をしていた。あんぐりと口を開いている。
――いや、なぜか弟は一瞬、ひどく不満そうな顔をしていたし、テッラとフラルは何やら興味に満ちた目をこちらに向けている。
ネブラは……まあ、いつも通りの無表情だった、たぶん興味がないのだろう、アネモスとマギアは――なぜか知らないが目が吊り上がっていた。
「あー……」
まずい。と思った。
生まれてからこの方、ここまで焦ったのは体質の一件のせいで家に居れなくなって以来だ。
大体なんでも諦めがついていた人生なのに、突然きらきらと輝いた目線を向けられても対処できない。
「あーえー……ファンと言われても、その、ぼくはそこまで大した奴じゃないんだ。だから……あーいや……えー……弟へのつなぎならするけど?」
「?弟さんとは関係ないですけど?」
「あ、そう……」
いよいよわからない、何にあこがれたというのだ?フェーズシフターか?確かにあれは自分の傑作だが……
「ねぇ、あの子もしかして。交換留学生の……」
「あ、確かに。そういえばあんな顔してたかも。」
「え、結構いいとこのお嬢さんじゃ……」
「そう、確か、成績も優等で実技だって東の方の術でかなり……」
ざわざわと周囲がにわかに騒がしくなり、彼の耳にも幾何かの情報が入る――聞けば聞いただけ、自分にあこがれる理由がわからない。
「……一応参考までに教えてくれないかな。万年実技でドベを取る僕の……いったい、何のファンになるのか。」
気づいたら口について出ていた。
それは彼の中の自分の至らなさへの不安から出た言葉だった。
「どこ……ですか?」
「道理で言うのなら、成績が優等で実技もできるらしい君が僕にあこがれる理由がわからん。」
「――だってあきらめないでしょう?」
そう言って、黒い髪の少女は笑った。
「体質という肉体的なハンデがあってもあなたはあきらめない、この養成校に残るためにできる事をされてる、スカラーの研究、拝見しました。」
「あー……どうも。」
「それだけでなく、体も鍛えていらっしゃるでしょう?だから、あれだけのことが出来たのだと、私は思います、学内武闘会であなたを見ました、あの動きに、あの武器、あれも魔術の武器ではないんでしょう?」
「……まあ。」
「どうやって手に入れられたのかはわかりませんが、あの一戦のために用意したのであろうことは分かります、余人ならあきらめるだろう事でもあなたはあきらめない……そう言うところに憧れました。」
熱のこもった語りだった――少なくとも、粗を探していたマギアが口をはさめない程度には。
違和感がないとは言わないが――それでも、好きだという気持ちは伝わる。
実際、面と向かって好意をぶつけられた当の本人は顔を赤くしてうつむいてしまっている――彼の好意の許容量を超えてしまったらしかった。
「あ、あのっ。先輩。これからなにかご予定は?」
「え?」
「はい。もし未定であれば、その……お話したいことがありまして。」
「え、あ、いや、すぐ済むのなら別――に゚っ!」
瞬間、突然の衝撃。
腰が一瞬で砕けるかと思うような一撃を受けて、言葉が止まる。
避難がましい目で衝撃の方向に目をやろうとしたとき、傍らから進み出て来た影に目を奪われた――マギアだ。
「――ごめんなさい、先輩はこの後「私たちと」用があるので。」
前に進み出た彼女は笑顔でそう言った――声はそれほど弾んでもいなかったが。
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