日向

「相変わらず熱狂的ファンに根強く信仰されていますね、なんというか……鬱陶しい。」


 立ち上がったテンプスの耳に聞きなじみの深い言葉がかかったのはその時だった。


「しゃあなかろう、いつもの事だ。」


「大丈夫でした?小石みたいに跳ね飛ばされかけてましたけど。」


「さすがにな、もうかれこれ五か月ちょっと彼らと付き合ってるし、なれたよ。」


「よくもまあ、飽きませんねぇ……」


「ああいうのは本人がどうこうっていうより、周りに合わせてるだけみたいなところあるしなぁ。」


「だとして、自分がファンやってる人間の迷惑を考えないのはどうなんです?」


「それこそ『周りに合わせてる』んだろう?」


「いよいよ、よく飽きませんねぇ……」


 呆れたように眺めるテンプスとマギアは人混みの脇で安売りの市場に突撃した母と逸れた子供の様に群れから外れて、どこか呆れたようにその一団を見ていた。


「君も誘われたのか?」


「ええ、あそこでもみくちゃにされてる風のお嬢さんに。」


「……君が彼女をお嬢さんって言うとどうにも違和感があるな。」


「実際、私からしたら大体の人間はお坊ちゃんお嬢ちゃんですし。」


「実年齢で言えばそうなんだろうがな。」


 傍らでフフフと、怪しく笑う少女を眺める――初めて会った時はプラチナブロンドだと思っていた髪の毛はよくよく見て見れば角度によって妙なきらめきをもって輝く奇怪な色をしている。


 銀色の様にも、灰色の様にも――あるいは金色の様にも見えるその色は不安定に揺らめき、彼にはプラチナブロンドが最も近い色として彼の視界に残った。


 その色がどうやら人によってかすかに見え方が変わる物だと彼は共同生活――いや、居候しているだけで共同してなにかしたことなどほとんどないが――で、悟っていた。


 彼女曰く、呪いと体内の魔力の影響で不可思議に変わるこの髪色は、見る人が見ると青色にすら見えるらしい。


 実のところ、彼女の体は一事が万事そのような感じで、肌を除けば、いくつかの部位はテンプスのパターンを見る目には千差万別に移り変わる。


 爪、瞳、髪。


 これらは色が非常に流動的だ、肌だけが白く存在を主張している。


 自分より頭一つ分小さい彼女を見て、彼女が1200年前から存在する聖女の一人だと考えることはなかなかできるものではない。


「……なんです、こっち見て。」


「いや、別に――君にはいないのか、厄介なファン。」


「あーファンっていうか……なんか最近同学年の女子からやたらと囲まれることがありますね。」


「あー……剣術部の一連のあれか。」


「ですです、事態が落ち着けば落ち着くかと思ったんですけどねぇ……」


「落ち着かなかったか。」


「悲しい事に。」


「ふぅむ……ま、そう言うこともあるわな。」


「結構面倒なんですよ?大部分ただの愚痴ですし。」


「律儀に全部聞いてるんだろう?」


「だって……頼って来るのに、無視したらなんかかわいそうじゃないですか。」


 そう言ってどこかばつが悪そうにする彼女に微笑みながら、彼女の人の好さを思う――復讐には向かない性根だ。


「そう言う先輩はどうなんです?結構な偉業だと思いますけど――ファンとかついてないんですか?」


ジャックの意見の話だろう、そう言ってからかうようにこちらを見る視線を受けてテンプスは乾いた笑いを漏らす。


「僕か?僕はもっぱら『死刑台の悪魔』だよ。」


「ああ……まだ、怖がられてるんですか?」


「学園生は意外とビビりだからな。」


「そんな精神性でよく、こんなところ入りましたね。」


「箔が欲しかったんだろ、そうでなくともこの学校はいると就活しなくても就職先の方が来るようになるし。」


「なんともはや……」


 英雄を作る学園が聞いてあきれる有様だが――まあ、目の前で繰り広げられている儀式ともリンチとも見える惨状を見ていたら、今更のような気がしないでもなかった。


「にしても……今日長いですね。」


「学内武闘会の話が出回ったんだろ?最初っから優勝のホープだからな、あいつら。」


「ああ……その割に、私の方には来ませんけど。」


「君がガチった所、僕すら見たことないしなぁ。」


「あー……そう言えばあんま戦ったことないですね私。」


 そう言って手をポンと叩く――忘れていたらしい。


「剣術部の一件で『魔術がすごい』って話は出たが、実際が分からんから盛り上がりにくいんだろう。」


「あー……」


「っていうか、出るのか君。」


「一応?適当にやってどっかのタイミングで腹痛でも起こそうかと。」


「なら初めから棄権しときゃいいのに。」


「年端もいかないガキに嘗められるのは業腹でしょう?」


 そう言ってどこか悪い笑みを浮かべる彼女に苦笑しながら、人混みを見る――確かに、いつもの倍ぐらいながい。


「……先行ってるか、返事聴いてないし待ってようかと思ったけど。」


「そのほうが賢明だと思いますよ、この調子だと、昼食抜きになりそうな予感がしてきましたし。」


 その言葉に苦笑して、ゆっくりと歩き出そうとした――


「――あの、テンプス先輩……ですか?」


「へ?」


 彼を呼び止める声を聴いたのはそんな時だった。


 かわいらしい声だった。


「テンプス・グベルマーレ先輩、ですよね?」


「あー……まあ、そうだよ。」


 そう答えて振り返る――そこに居たのはなるほど美しい少女だ。


 流れるような長い黒髪。


 真実、濡れた烏の羽のようなその髪はオブシディアンの輝きと夜の深さを併せ持つ。


 穏やかさを示すように緩やかな眉の形は彼女の放つ淑やかな雰囲気を深めるようだ。


 テンプスを先輩と呼んだ以上一回生だろうその少女は何というか――マギアを逆にしたような少女だった。


 そんな美貌の少女は黒曜石の瞳を輝かせて彼を見ている――はて、こんな目を最近どこかで――


「あの、わたくし、アマノ・テルヨといいます」


「はぁ、どうも、初めまして。」


 はて、誰だったか。


 記憶力には並々ならぬ自信のあるテンプスをして、このような美貌の少女に見覚えがない。


「えーっと……申し訳ない、どっかであったかな。」


「いえ、初対面です。今日は言いたいことがございまして。」


「ああ、えー……言いたいことって?」


「はい、実は――」







「――私、あなたの……テンプス先輩のファンなんです!」








 一瞬、時間が止まったような気がした。

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