日陰者の良し悪し。

 女子はおびえた視線を向ける。


 男子は――近づくと震える。


 どうにもやりにくい日常は、今のところ終わりを見せていない。


 別段、弟の様に黄色い声援を受けたいわけでもない――いや、受けられるというのなら受けてみたい気もするが――が、このように怖がられるとどうにも居心地が悪い。


『わざと負けてみるか?いや、それはな……』


 振り切られる鉄の剣による横薙ぎの一撃を後方に躱しながら右手に持ったフェーズシフターを目線の高さに振り切る。


 顔の高さに来た斬撃に過剰に恐れたように首を後ろに傾けた生徒が見たのは、くるりとふり向いて体を回転させているテンプスの姿だ。


 左足を軸にすり足で右足を前に送りながら、体を一回した速度を乗せて剣を振りぬく。


 体が後ろに流れている対戦相手は急いで体を戻そうとするが間に合わない――吸い込まれるように斬撃が体を横薙ぎに切り裂く。


 古い呪いが彼の体を守った物の、彼の意識はその衝撃には耐えられない。


 がくり、と膝を付き、その生徒は顔から崩れ落ちた。


「……勝者、テンプス・グベルマーレ」


 胸中の不愉快さを隠そうともしない顔でそう宣言した教師は「倒れた奴を保健室に運べ」と告げて周囲の生徒を動かした。


 テンプスの脇を通り過ぎる生徒がどこかおびえたように頭を下げる――これも今まではなかった話だ。


『やりにくいな……』


 どうにも気まずい――気をつかう。


『強くなったら強くなったで面倒だな……』


 辟易としたようにため息を吐く――どう転んでも、面倒事に付きまとわれるのが彼の人生らしい。







「それは有名税ってやつですよ先輩。」


「いらん税金だな。」


「必要だと思って、税金納めたことあります?」


「……国家の運営上必要だという理解はある。」


「でも自分の生活に役に立ったと思ったことないでしょう?」


「……確かに。」


 何時ものような軽口をたたくテンプスだったが、その相手はいつものマギアではない。


「すいません先輩、うちの愚姉が無理言って。」


「いいさ、どうせ用もないし――まあ、戦ってくれと言われたら断るけど。」


「そこは重々……ご迷惑はかけさせませんから。」


 そう言って形のいい眉を顰める彼女――アネモスは何時もの様にさわやかで、それでいて、どこか困っているようだった。


「まったく、あの野蛮人……急に先輩を呼びつけるなと言ってるんですけど。」


「ただ昼飯に誘われただけだ、別に怒っちゃおらんさ。」


 そう言って怒る彼女をなだめる――彼女が彼のところにやってきたのは確かにかなり突然のことだった。


 居心地の悪い授業を乗り越えて、さて、今日も何時もの様に研究個室に――と思って教室を出た彼のもとに現れたのがエリクシーズが誇る風の才女、アネモス・アナモネだった。


「すいません、先輩、うちの姉がどうしても昼食をご一緒したいと――」


 そう言って頭を下げる彼女に向けて放たれる視線の量に、改めて彼女の……弟達の影響力を察したテンプスは頭を上げさせて、彼女と移動の徒についていた。


「ああ、そうだ、もう一回学内武闘会出るんだって?頑張ってな。」


「ああ、ええ――でも、先輩は出ないそうですね。」


「出る必要がないからなぁ……」


 そう言って頬を掻く。


 こればかりはどうにもならない、出る理由がないのだ。


 本来選ばれればほぼ強制参加である学内武闘会は、今回に限り、参加者の意志で辞退可能になっている。


 これはあの一件でダメージを受けた生徒への配慮――と言う体で運営の負担を軽減する目的があるらしい。


 何せ、運営の経験のある教員があらかた首を斬られてしまい、誰も運営経験がないのだ。


 もはやてんやわんやの彼らに以前と同じ規模で大会を運営する体力がないのだ。


 ゆえに、彼らは生徒のためを大義名分として、自分達の負担軽減を図った。


 それに便乗して、彼は大会を辞退した――以前も語ったが、やる事はすべて終わったのだ、わざわざあんな疲れる行事に再び出る意味はない。


「そうですか……」


 そう言ってどこか渋い顔をする傍らの少女に苦笑しながら正門のあたりまで来たテンプスの目に飛び込んできたのは――


「あー……いつもの奴か―」


 そこにあったのは、一塊になった肉団子――いや、エリクシーズのファンだ。


 これもいつもの事――彼女のいう、有名税というやつだ。


「……すいません。」

 

 さらに小さくなる傍らの少女に気にしないでいいと一言告げて、ふと気がつく――これはまずいパターンだなと。


「あー……屋上で昼食うんだっけ?」


「えっ、あ、はい。」


「――じゃあ、先に行って待ってるよ。」


 そう言って彼は勢いよく利き足を踏み切った。


 体が斜め前に向かって飛び出す。恥も外聞もない前転を経て、テンプスは危険域から脱出した。


「へっ?あ――」


 何かを言おうとしたアネモスの周囲を数々の人間が囲う。


 1番先に乗り込んだのはイノシシのような男子のタックルだ、次いで体力自慢の運動部男子、ついで女子。知能明晰の文科系女子。その他様々な男子・女子の殺伐とした群れが彼女を取り巻く。


 相手のことを何一つ考えていない恐ろしいほどの勢いで募るこの一団は、ある種において腐肉にたかるハイエナの様にも見える。


 彼らと歩くときはこれぐらいの覚悟はしておく必要がある。


 このパターンを覚える前にひかれた男の悲しき教訓だった。


 一足先に飛びのいていたテンプスはその光景を見ながら思う――


『……あんなになるぐらいなら日陰者の方がいいな……』と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る