守られた約束

 ジャック・ソルダムの敗北と同時に発覚した不正の数々、非人道的犯罪、一部教官と運営陣による八百長。


 疑惑ですら問題になるこのアクシデントは、確定事項としてこの養成校に降りかかった


 何せ、国際法院の執行官まで出張るような騒ぎだ。もはや、隠し通すこともできない。


 ここまで、大ごとにな手はもはや誰も隠し通せない。


 養成校も――ソルダムの一家もだ。


 結果として、この一件は異様な範囲を巻き込んだ一大問題と化した。


 まず、ジャック・ソルダムの話をしよう。3年前の入学以降、ほぼ毎日継続していた犯罪行為の数々。そして、これ以前にすでにつかまっていたオモルフォス・デュオとの関係――英雄の子孫として、名高い家名は思うよりもずっとあっさりと没落した。


 世界に彼ら以外にも英雄の子孫がいるが、全員から子孫の面汚しと呼ばれ蔑まれた――まあ、言っていた本人たちが果たして英雄の子孫にふさわしいのかはわからないが。


 その上で彼はおかしていた数々の不貞も同じように発覚した、女子生徒約150人にわたる被害者はみな一様に怒り狂い――何人かは、実際にジャックに何かしらの報復に出た者もいたらしい。


 執行官の尋問によってすべてを自供したことが正しければデュオ家に売られた女性の被害届はこれをはるかに超えて250以上に上るらしい。


 テンプス達がこれを止めていなければ、一体ここにあと何人が追加されていたのかは――想像もしたくない。


 減刑の余地は無い。もう二度と地上に姿を表せないだろう。


 彼の父親、マイク・ソルダムもまた当然の様に捕まった。


 彼の一族が過去に行った重篤で重大な犯罪は決して許されない。


 それを裏付けるように一族に課せられた罰則と損害賠償は驚くほど高い――それこそ、小さい国の国家予算ほどの額になる。


 が、ここで問題になるのは、ジャックの母親が叫んだ金がないという一言だ――これは事実であり、彼らには本当に金がなかった。


 これはひとえに、マイク・ソルダムの驚くほどの商才のなさとジャック・ソルダムの驚くほどの放蕩ぶりによるものである。


 ではそのない金からどうやって賠償を払ったのかと言えば――事業を売ったのだ。


 マイク・ソルダムは利益を出せなかったとはいえ、彼らの事業にはいまだに価値の高い物である。


 それを売りさばくことで彼らは賠償資金を手にしたわけだ――まあ、売った側には一銭も残らなかったそうだが。


 また、これは何も知らない一般の企業人を守るための措置でもあった。


 事業を行っている大本がつぶれてしまえば、そこに努めている人間も当然路頭に迷う、それを避けるために何かして矢ある程度の度量を国際法院は持ち合わせている。


 こうして、悪人だけがうまいこと捌かれる状況になったわけだ――テンプスの計画通り。


『ま、ここまでうまくいくとは思ってなかったが……』


 剣術部のレギュラー勢も全員退学処分となった。ジャックが行っていた犯罪行為は100を超えるそうだ――まあ、考えてみれば、そもそも、テンプスを追いかけていたのすら犯罪だ。


 そしてテンプスとジャックの試合の審判を務めた教官。これは懲戒免職のち資格を剥奪された。


 どこか見覚えがあると思ったら、まさかの剣術部の顧問だったらしい。ジャックを優勝させるため不正を見逃し、テンプスにペナルティを出していたのはそのためだった。


 上手い汁を吸うために必死だったのだろう――そうでなくとも、彼が今までに行ってきた不正の数々を思えば


 大会の運営陣は数人の教官が解雇処分。審判の教官と共謀してたらしい。


 養成校は最後まで知らぬ存ぜぬを一貫し、簡単に切り捨てた。一切の恩情も容赦もない――自分が問題がないなら、彼らはこんなものだ。


 そんなこんなで、この学園はオモルフォス・デュオの一件を超える勢いで紛糾し――それは生徒たちにも同じだったわけだ。


 テンプス・グベルマーレは予想以上に強く、もしかすると、自分たちは今まで嫌がらせをしてきたことをネタにお礼参りをするのでは?


 そんな噂が出回るのはある種当然だったのかもしれない、彼らにだって、彼にひどいことをしているという認識そのものはあったのだ――どんな扱いをしてもかまわないと思っていただけで。


「……」


 そっとため息をついた怯える男子から離れて、教室を出る。こうなったら図書館に行って、隅の方で読書でもしてる方がまだ落ち着けるだろう。


 擦れ違う男子女子全員が怯えた目をして道を開けてくれる。変な感覚だった。


『弟の真逆だな……』


 苦笑する。


 今朝もいつもと同じように黄色い声援を受けて教室に入っていった弟を思い出す。


 彼が日向なら、自分はどこまで行っても日陰の存在らしい。


「ありがとう。約束、守ってくれて。」


「……!」


 ――ふと、すれ違いざまにそんなことを言われた。


 振り返ってみれば、その後ろ姿はどこかで見た覚えがある――は、あの日よりもずっと活力にあふれているように見えた。


「――君の助けになれてよかった。」


 そう背中に向かって駆けた声が彼女に届いていたか、テンプスにはわからない。


 わからないが――別に、それはどちらでもいいのだろうと思った。

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