三度目の正直/婚姻騒乱
死刑台の悪魔
「で、どんなもんです?」
「実験と研究方法の前に書いてあるし、論理的にまとまってる、研究の回数は十分、研究方法も再現性あるし、わかりやすい――ただまあ、たぶんリジェクトされるとは思うが。」
「なんでまた。」
「――この内容の論文、似たようなのがもう六回学術誌に乗ったけど、六回爺さんの研究成果でつぶされた。」
「あー……まあ、実際問題、内容間違ってますしねぇ。」
何時もの朝、特に語ることもなく過ぎ去った登校時間を乗り越えて、研究個室に集合したテンプスとマギアはまとめられた資料の束を前に二人で何かを語り合っていた。
「あれだったら、間違ってるところ全部添削してリジェクトしますけど。」
「いいよ、こういう時、鬼の首取ったように騒ぐ奴らがごろごろいるから、そいつらがつぶすさ。」
「……ま、先輩が大丈夫って言うなら大丈夫でしょう。それにしても、意外といるんですねぇ、太古スカラーの研究してる人。」
そう言いながら、彼女は自分に査読の依頼の来ていた論文をテンプスから受け取った。
その表題にはこう書いてある――『太古スカラーにおける欺瞞、あの文明の魔術体系に関して。』
これが彼女のもとに送られてきたのはつい二日前のことだ。
『土の魔術の派生と目される鋼属性への変質条件』の論文を投げた学術誌から投げられた査読依頼を「これ私の分野じゃないんですけど。」としながら彼女がテンプスに渡してきたのもちょうど同じ日だった。
聞けば、何故だか、査読依頼者に『新進気鋭の魔術博士』として学術誌に論文の乗った彼女を指名してきたこの論文の筆者の要求に沿うように学術誌側が渡してきたらしい。
「私、博士号……でしたっけ、あれ持ってないんですけどね。」
と言いながら不満げに自分に論文を渡す、彼女の愚痴を聞きながら前日一日を使って読み込んだテンプスが朝一で渡したのがこの論文だった。
「魔術関係――ていうか、「あの文明は確実に魔術を使ってた」って方向の研究だけな。僕みたいに『あの文明固有の秘術』に関して調べてるやつは本当に雀の涙ほどもおらんよ。」
「あんなに有用なのに?」
「あの文明の掲げてた『反魔法・魔術』の原理は現行の大体の文明に関して決して素晴らしい事ではないから。」
「あー……」
それはある種におけるタブーだ、それを研究したせいで祖父は晩年学会から総スカンを食らったほどの手を付けるべきではない禁忌の領域についての話である。
要するに「ここまで進んだ魔術文明にケチをつけるな。」という風潮の問題だ。
生活のほとんどすべてを魔術の道具で進歩させている世の中において『反魔法・魔術』の原理で培われた『スカラーの秘術』を調べるのは、あまりにも――空気が読めていない。
「気にすることですかそれ?」
「社会性がある程度備わっているのなら?」
「じゃあ、私たちには関係ないですかね。」
「たぶんね。」
あっけらかんと言う彼女に苦笑する――まあ、確かに、自分たちに人並の社会性があるとはとても思えなかった。
そんな少し変わった朝のルーティンをこなして、彼が教室に入った時のことだ。
さて暇だし本でも読もうか――などと考えて席に着く。
カバンから本を取り出して『きれいな机の上』に広げながら、かすかな違和感に顔を顰めた――どうにも「なんのいたずらもされていない机」に違和感があるのだ。
『まあ、嫌がらせがなくなったのはいい事なんだが……』
そう考えながら、妙にピリついた空気を払うようにそっとため息を吐く――もうかれこれ一週間近くこの状況だが、いまだにこの空気には慣れないままだ。
事の起こりは一週間前のことだ。
何時もの様にルーティンを終えて、クラスの居心地の悪い空気を突っ切って机に向かう、何時もの様に座りの悪い椅子に腰かけようとして――そこで異変に気付いた。
自分の席への嫌がらせが――無い。
テンプスがこの養成校に入ってから一年と数か月なかったことだ。
いつもならテープやら花瓶やら、そういう幼稚めいたものから酷ければ画鋲とかカミソリだとか陰湿めいたものが仕掛けられているのが、彼の机だった。
はて座れば椅子が壊れて床に落ちる仕様なのか?と、隅々までチェックして、ついでに机の脚の裏も調べた――のだが、特に何もなかった。
おかしい。違和感が滝のように襲ってくる。なにか落ち着かない――いや嫌がらせがあるから落ち着くのもどうかと思うが――いったい何が起きているのか?
そう考えた彼が周囲を見回し、もうひとつの異変に気付くのはそう遠からぬことだった。
いつもなら手を出さず、しかし遠目で笑ってる女子。
彼の父親の職についてどうこう言ってくる舐め腐った男子。
そう言った存在が一切、テンプスに絡んでこなかった。
確かに全員が彼を注視してる。でも男子は手を出さない。女子は笑ってない。
はて?と首をかしげる。彼らが何をしたいのか理解できなかったのだ。
そこで彼は、殴りかかられる覚悟で、いつも執拗に絡んでくる男子のところに向かうことにした。
「あー……もし?」
「いッ!?……え、っと。なん、だい?」
明らかにいつもと異質な応答。
声をかければ応答は必ず罵倒する連中が、逆に彼の顔を見て表情を引き攣らせてる。まるで壊れたブリキ製の人形のようだ。
女子なんて「ヤダ、ヤバいよあれ!」とか「あいつ殴り殺されるんじゃない!?」とか「誰か、教官呼んできなさいよ!」などと騒いでる。
はて、と首をひねる、なにがヤバいというのか?殴りかかられるなんて常時だったし、その程度の――特にテンプスに関わる――もめ事を教官が相手にするはずない。
なにを考えているのか全く理解できない。
首をひねってターゲットを変える。
少し離れた席で、彼を凝視していた男子に歩み寄った。
「あの……」
「いっ、ヒッ………か、勘弁、してくれよぉ」
「へっ?」
「ヒィィィイイイッ!!」
まるで夜の道で人を殺す化物にでもあったかのような悲鳴が響いた。
が、ここは昼間の学校で、おまけに目の前に居るのは味噌っかすと名高いテンプス・グベルマーレだ。
「ゆ、許してくれ! な? この通り!」
まるでカツアゲでもされているかのようにこちらにへこへこと頭を下げる彼に眉をひそめて問いかける。
「あー……何を?」
「だ、だだだ、だか、らぁ……」
「落ち着け。何が言いたいんだ?いつもならほれ――死刑執行人の息子がどうとかあれだけ口が滑るだろうに。」
「め、めめめめっ、滅相も無い! 俺は無理矢理従わらせられてただけなんだよぉ!」
ここまで言われて理解した。
要するに――あの学内武闘会がよくなかったのだ。
そういえばこの土下座せんばかりの男子は、剣術部に所属してる末端のひとりだ。同じクラスゆえ、いつだったか本当に泥を塗られたとか嫌がらせ受けた記憶がある。ついでに言うと、追い掛け回されていた時期にやたらと執拗に追い回された覚えもある。
彼が謝っているのはそれのついてだろう。
そこでようやく思い返す――そう言えば、今朝がた弟から自分が何やら物騒な名前で呼ばれ始めたとか聞いたな。と。
「死刑台の悪魔……か。」
おびえながらこちらを拝むように頭を下げる彼を見て、テンプスはひどく複雑な気持ちになった――なんというか。
『――居心地悪ぃなぁ……』
嫌がらせがなくなってなお、彼のこのクラスでの座りは悪いままらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます