ある転生者の悲鳴/旅行は計画が楽しい

『やばいやばいやばいやばい!なんであんな強いんだよあいつ!』


 夜の帳が下りた居室である男が頭を抱えていた。


 サンケイ・グベルマーレもしくは三渓司は、何時もの様に自分の計画の失敗に頭を抱えている――わけではなかった。


 わかっていたのだ、正直、あの魔族騎士が勝てないのだからジャック・ソルダムには勝てないだろうと。


 あの魔族騎士たちは明確に強キャラだ、アニメ本編ではあの百話近い話数でようやく主人公はあれに比肩する存在と戦えるようになるのだ。


 その上で彼が期待していたのはジャックの卑劣な戦術の数々だ。


 魔剣と鎧とを使っての身体機能の上昇。


 外部の学生を使ってのバフと対戦相手へのデバフ。


 妨害系統の魔術による行動阻害。


 そして――お供に見立てた補充人員による多人数での数の暴力。


 その上であの鎧を使わないという情報を受けたサンケイはここで彼をどうにか排除できるのではと思っていたのだ――だというのに。


『――何、完全に負けてんだよ……!鎧無しだぞ!魔術ぐらい……ぐらい……』


 わかっている、魔術を使わなかったのではない――使って負けたのだ。


 この体は自分をこの世界に呼んだ何者かによってない外れた超人性を有している。


 この体はごく一部の例外を除けばこの世でも有数の優れた魔力探知機能を持つ、その力が教えていた、あの時数々の魔術が乱れ飛んで――その悉くをあの白刃が切り裂いて破壊したことを。


 サンケイはあれを見て、自分が兄を侮っていたのかもしれないと初めて理解した。


『あいつ唯一の弱点が効かないならどうやって倒すんだよ……ただでさえ、誰も知らない変な装備持ってるってのに……』


「あぁぁぁ!嘘だ嘘だ嘘だあぁ!」


 自分の理解できない事に絶叫する。


 それは以前叫んだ時よりも恐怖と――焦りに満ちた叫びだった。









「――何だあの剣?」


「知らねぇよ……あんなの攻略サイトにだってなかっただろ?」


 同じ月の下、どことも知れぬ暗い室内で何人かの人間が話していた。


 議題は先日起きた学内武闘会におけるある男の偉業――あるいはバグじみた挙動についてだ。


「じゃあ何なんだよ!なんで誰もあの武器について知らねぇんだよ!ありえねぇだろ!?」


「くそ、三渓の奴、なんも情報よこしゃしねぇ!前回の一件の時、助けてやったってのに……!」


「何がどうなってる? マジで意味がわからないぞ……?」


 彼らにはもう、この状況が何一つ理解できていない。


 そもそも彼らは結構な廃人ゲーマーだ。


 原作を知らない人間すらいるが、このゲームについてはそれなり以上の知識があると信じているし、実際、そう考えるだけの知識がある。


 ゲーム内のデータはほとんど覚えているし、よほど細かいイベントでもない限りイベントだって網羅している。


 だというのに――あの武器は知らない。


 あんな――魔術を切れる剣なんてこのゲームには存在しないのだ。


「没データの装備とか……」


「ねぇって、解析してるやつすら知らねぇんだぞ?データ全部見てるのに存在が分かんねぇ装備ってなんだよ。」


「じゃあ何だよ……あんな妙な武器誰も見たことないし――そう言えば原作に魔力を食う剣とか言うの出てこなかったか?。」


「ああ……って、それかなり後だろう?確か中盤以降の装備だぞそれ。」


「それに、その武器、この武器に出てるけど魔力を吸収するような武器なんてねぇよ、データがねぇんだ。」


 それはゲームを解析した、いずこかの有識者が乗せた攻略サイトの情報であった。


「じゃあどうやったんだよ……あいつ、魔術に剣の攻撃当てて魔術壊してただろ。」


「知らねぇよ!俺らが知りてぇぐらいだ!」


 議会は回る、されど進まず――そんないつかの言葉を思い出す会議は空回りし、いらぬフラストレーションをためていく。


「――まあ、落ち着きなよ。」


 そんな不毛なもめ事をいさめたのはある一言だった。


「確かにあの剣はやばいし、アイツが勝ったのは予想外だけど、それはそれでしょ、むしろ、存在が知れただけましじゃない?」


「どこがだよ、魔術以外弱点らしい弱点のないキャラの弱点が埋まってんだぞ?」


「――どこが?確かに剣が降られたらまずいけど、逆に言えば剣さえ振らせなきゃただの雑魚だよ。」


「……ふぅん?なるほど?でも、それでどこがよかったんよ。」


「良いことじゃない――あいつが死んだら、あの武器は僕らが使えるんだよ?」


「――あぁ、なるほど。」


 意気地の悪い笑顔が、声の主の顔を染めた。


 先ほども言ったがあの武器はゲームのどこにも存在していなかった装備だ。その装備を持つことができれば――ここに居る人間を


「ま、正直今回のシナリオであいつが死んでも奴隷落ちもしてないのは予想外だったけどね、直接戦闘ができるって言ってもしょせんあの武器だより、どうにでもできるよ――まあ、さすがに僕らも動いた方が良いとは思うけどね。」


「そうだな……ちょうど、次のシナリオは『補助系最強』の『あいつ』が出てくるし、そろそろ俺らも動くかぁ。」


「ま、それもそうだな、それじゃあついでにマギアの方も手に入れちまうか?」


「――良いね……じゃあ『あいつ』が手に入ったら一緒にマギアの権利も出るってどう?」


「いいな!それじゃあそのノリで行こうか!」


 他人の他人とも思わない議論が回る――本当にそんな都合よくいくのかは、彼らの知るところではない。


 何時だって、旅行は計画が楽しいのだ。

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