払わなければならない代償
「――ではこの剣が手元に戻ってきたのも?」
そう言ってタロウが見せたのは、右手にぶら下げた見覚えのある剣――魔剣ノーネーム……あるいは、天下の宝剣、霊刀『花散らし』だ。
それが彼の手元に帰ってきたのはつい昨日の話だ。
「――この剣は貴方の先祖が所持しており、容疑者であるソルダム一族の手により強奪されたものであることが正式に認定されました。よって、国際法院の権限により、これをあなたにお返しします。」
そう言って、タロウの手に戻ったこの宝剣は、死ぬ前に持っていた時と同じ重みで、今、タロウの手の内にある。
「そうだ――まあ最も、これはちょいと嘘も交じってるが。」
「?」
不思議そうにこちらを見るタロウに「怒るなよ?」と一言いい添えてから。からくりを伝えた。
「――白い鬼にあんたのことについて偽証してもらった。過去に見たあんたと生き写しだから、きっと彼の子孫だろうってな。」
それは単純な嘘だ。
本来の彼――タロウを知っている者はどこにもいない、現状残っているの彼の肖像画はすべてあの詐欺師共の作り上げた虚像だ。
であれば、知っている存在――鬼が何かの方法で残っていた彼の似姿とそっくりだと告げれば、それを否定できる要素など国際法院にはないのだ。
それでもこれだけ時間がかかったのは、国際法院の慎重さゆえだ、嘘を暴く術や道具がかりだされるだろうそれらをだます方法などない、うまくいくことを祈るばかりだった。
結果は――まあ、うまくいったのだろう、少なくとも、タロウ何某さんの手の上には確かに遠いある日に奪われた宝剣があるのだから。
「――大嘘だな、俺は子供など残していないぞ。」
「だが、転生者だ――そう言う意味じゃ、子孫と変わらん。」
そう言って肩をすくめるテンプスを半目で見つめていた転生者はフゥと息を吐くと笑って。
「大した詐欺師だ――だが、礼を言う。お前のおかげで、俺の心残りは消えたよ。」
「そいつはよかった。」
「惜しむらくは、あの憎きタロンの散り際が見られなかったことだけだが――それを望むのは過剰か。」
そう言って苦笑するタロウに「どうだろうな」とだけ言ったテンプスはどこか物憂げで、何か考えているように見えた。
「――ではな、助かった、何かあれば俺のところに来い、助けになろう。」
「――わかった。」
そういって去って行く後姿を眺めていたテンプスは結局、彼の中にある良心に従うことにした。
「――ああ、そうだ、ほれ。」
そう言って、アンダースローでタロウに向かって何かが投げられた。
「む――なんだこれは。」
流石の運動神経でその飛来物を受け止めたタロウはその手の中にある物をまじまじと見つめる。
それは瓶だった。
両の掌を合わせたほどもあるその大きな瓶は金色に輝く蓋の外周に何かしらの文言が描かれており、まるで何かを封印しているような面持ちだった。
「あんたの悲願だ。」
「悲願?何を――!?」
その瓶を眺めていたタロウが、驚きに目をむいた。
人がいた。
『ア、アア……我らが英雄殿……どうか、どうかお助け、ご慈悲を……』
より厳密にいえば、それは魂だった。
瓶の中に、人の姿が見える。瓶よりもはるかに大きいはずのその体躯を無理なく瓶の中に押し込めるありえない状態、明らかな魔術の産物はまるで玩具の様にも悪魔の発明のようにも見えた。
『どうか、余を助け給え。さすれば好きな褒美を与えようぞ……』
偉かった時の気分が抜けきっていないのだろうか、自分が上位であるかのように語る彼は、しかし瓶の中の虜囚だった。
「――タロン・ソルダム。」
それが、瓶の中の虜囚の正体だった。
「――これは……どうやって?」
「ジャックの奴が捕まった時に体から抜け出して逃げ出そうとしてた――が、この手の奴がそうするのは分かり切ったパターンだ、だから、共犯者に網を張ってもらった。」
あの時、罪をつまびらかにするために張られた魔術は静穏と不可視の壁だけではない。
魔術制約の陰に隠れて放たれていたその魔術は『魂を漁る網』の魔術と呼ばれ――逃げ出す魂を回収するための魔術だった。
「最後まで出てこないんで背を向けたら、ものの見事に逃げ出したよ――で、捕まえてもらった。」
そう言って肩をすくめるテンプスにようやく瓶から顔を上げたタロウは硬い表情で問う。
「――俺にどうしろと?」
「好きにしろ。」
どこか突き放すような物言いに困惑するタロウにテンプスは諭すように言う。
「そいつは僕らの狙いってわけじゃないし、あんたの仇だ、好きなようにしてくれていい――只、じきに魂の渡し守とやらが来るはずだ、そいつには引き渡してくれ。それまでは、あんたの自由だ。」
そう言って、今度はテンプスが踵を返して、自分の家に向かって歩き出した。
『やっと……やっと会えたな……我が宿敵よ、話すべきことは山のようにある、行こうじゃないか。』
怨念のこもった声が、背中から聞こえてきたが――テンプスは無視した。
払わなければならない代償というのはどこにでもあって、往々にして、それが取り立てられる時というのはこう言うものだと思っっていた。
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