種明かし

「――どうやったんだ?」


 自宅の前でテンプスを待っていたその生徒――タロウは開口一番こう切り出した。


「突然だな。」


「そうもなろう、一週間も待たされたのだ。」


 不満を隠さないその顔はけれどいつかあった時に比べて、ずっと険が取れたように見える。


「もう一度聞くぞ、どうやったんだ?なぜ――あの家がお取り潰しになっている?」


 その声は心の底からわからないと言いたげで、それだけ彼のやったことが常識外れだったことを示していた。


「あの家にあんたの逸話がふさわしくないと証明した。」


「どうやって。」


 それは当然の疑問だ、彼のやったことは800年も前に起きた事件をどうやってか発掘したに等しい。


「古い物を掘り起こすのは得意でね。」


 おどけたようにテンプスが言えば、相手は苦虫でも噛み潰した様に顔をゆがめて彼に告げた。


「ふざけるな、そのような戯言で煙に巻けると思うなよ。」


「別にふざけてはいないが――まあ、いいか、別に大したことはしてない、ただ鬼岩島の位置を特定しただけだ。」


「――はぁ?」


 その声には「こいつは何を言っているのか?」という疑念の色に満ちている。


「それが何だというんだ?もはや無人の島だろうあれは。」


「それがそうでもない――あんたは気がつかなかったらしいがことはそれほど簡単でもなかったんだよ。」


「……どういうことだ?」


 さらに疑念を深めながら言ったタロウに向けてテンプスはおそらく彼の数百年で最も驚くべきことを告げることにした。


「結局な、オーガ――あーいや、あの島の人間は鬼って言うんだったか?そいつらがどんな奴かって話だったんだ。」


「言っただろう。理知的で、牧歌的で、勤勉で、力強く――」


「――。」


 言葉を引き継ぐように語るテンプスの一言はタロウの顔に怒りの色を指すには十分だった。


「――それが何だという!だから殺されるべきだったとでも言うのか!」


「問題はそこだ、化生あるいはそれ類する存在は往々にして人間よりも肉体的に強い、同じ化生の類の物ならともかく人間の間で流通してるものはそれほど強い毒じゃない、どんな毒かは知らんがただの盗賊ごと期に手に入れられる毒なんて大したものじゃあるまい。それがオーガあるいは鬼に通じるのか、それが僕には疑問だった。」


 一息に長文を肩ってテンプスは視線をタロウに向ける――何を言うつもりかわかっていないのだろう、不信と恐怖のような感情が顔色を曇らせている。


「あんたは言ったな、「島の住人はお供たちと同じように殺された」って。」


「……ああ、そう言った。」


「ただな、疑問だったんだよ――動物が殺せる毒だったとして、なぜ鬼が殺せる道理がある、あいつらは化生の類で、ともすれば化け物と呼ばれるような存在だ、そうそう簡単に毒で死ぬのか?」


 彼が知る限り、オーガとは基本的に異常な生命力の代名詞のような存在だ。


 背丈は優に2mを超えて、体は刃を通さないほど固く、一抱えほどもある石を拳でクッキーの様に砕き――あらゆる怪我が瞬く間に治るほど生命力が強い。


 これはある意味賭けだった。


 タロンはこの当時、微妙な時期だったはずだ。


 持ち逃げした宝でどうにか貿易会社を作り上げ、さらに発展させるために島に戻った。


 だとすれば彼には裏社会とのつながりがあっただろうし、鬼を殺せる毒を用意できる可能性そのものはあった。


 あったが――同時に、決してその橋を渡りたいわけではないだろう。


 彼は島の秘密をある程度独占したかったはずだ、裏社会の人間のひも付きの毒など使わないのではないか?


 自身の会社の人間は後々どうにでも始末できる自信があっただろうが、後ろ盾になっている裏社会の連中ではどうにもならない。


 であるなら、彼に手配できるのは人間用の毒だったはずだ――それで、はたして鬼が死ぬだろうか?


「だから、調べた。結果、島にはまだ『生き残りがいた。』」


「――!?」


 太郎の顔が驚きに固まる――当然だろう800余年悩まされた復讐心の一角が突然砕けたのだ。


「あんたがどうやって島の全滅を知ったのかは知らん、が、その時にはたぶん、島にいた生き残りは襲撃に備えて村を捨ててたんだよ。」


「……この目で――この目で見たんだぞ!おびただしいほどの死体の数だった!」


「だが全員ではなかった。」


「―――」


「あんただって、村に居るあらゆる鬼の顔を覚えていたわけではあるまい、死んでなかった個体がいたんだ。そいつらは細々と島で暮らしてた」


「――それを、見つけたと。」


「そうだ、あんたの代わりに、あの宝剣と、それ以外の宝物ついてに関する被害を訴えてもらった。」


 これが、彼の企みの全容だった。


 テンプスが古い海図を求めたのは彼単体で島を見つけるには海流をたどるしかなかったからだ。


 流れのパターンが読めれば、タロンが船で来訪したルートを絞るのはそれほど難しくもなかった。


 マギアには少々長旅をして盛ることになったが――特に問題はなかった、いかなる魔術の技か彼女は当たり前のように一夜ですべての旅程を終えて、肌の白い鬼の少年を連れてテンプスの自宅に現れた。


「……彼らは何と?」


「『友人に渡したものをとり返せるなら協力する。』とさ」


 マギアを出迎えた白い鬼の少年曰く、彼の先祖に当たる鬼は常図ね、タロウ何某さんがあのような真似をしたとはとても思えないと語り、彼が現れないこと知り、殺されたのではとこぼしていたそうだ。


 テンプスの話す過去の事実に白い鬼の少年は特に驚かなかった。


「そうだと思ってました、あれは盗賊だったんですね。」


 と語った彼は「先祖の無念と友好の証が戻るのなら」とテンプス達への協力を快諾した。


「現行法において、生物の定義は「一定水準以上の知性を持つ」ことだ、そして、あの島の住人は明らかにその『水準』に満たすだけの知性があった。」


「――つまり――」


「彼らの訴えが受け付けられた、結果、あいつらは自分の罪から逃げられなくなった。」


 これがあの日起きたことのすべてだった。

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