それからの話
「――よかったんですか?」
「何が?」
あの大騒ぎの一回戦から一週間が経った。
いつもの研究個室――ではなく、テンプスの自宅のこの家においてはかなり珍しい、さわやかな場所である、バルコニーで茶をしばいていた時に突然かけられた一言に、家主はそっと眉を顰める。
「大会ですよ――あの後、棄権なんてしちゃって。」
「ああ……別に、目的も達したしどうでもよかろう。どうせ、あの日は完全につぶれたんだし。」
そう考えながら、茶をすする。
一仕事を終えて、こうもしがらみのない茶というのはうまい物だ。
結局、あの後の会場はそれはそれはひどい騒ぎになった。
当然だろう、あれほど権勢を誇っていたあの忌々しきソルダムの一家が全員お縄を頂戴されて仲良く国際法院の牢獄に送られるというのだから。
そうでなくとも、正義を標榜する学園――それを実感したことはないが――の学生が、これほどの重大犯罪に手を染めるのは、相応にまずいことだ。
学園は紛糾した。
お上から下までひっくり返すような大騒ぎになった学園はひどく当たり前のように休みになって――つい二日前に開校した。
その際に、もう一度学内武闘祭を開催するという話があったのだが――テンプスはそれを辞退したのだ。
「フラルさんとか残念がってましたよ、「あの腕の義兄上と戦ってみたかったのだが!だが!」って詰め寄られました。」
「あー……それは申し訳ない、って言っても、本当にもうやる事は全部やったんだよな。」
それは偽らざる本心だった。
彼のやるべきことはあの男に過ちを認めさせ、正当な裁きを受けさせることだった。
彼のやりたいことは、あの男に負けた汚名をすすぎ、あの男のうらぶれた計画を打ち破ることだった。
その両方を彼は一回戦で終わらせてしまったのだ、故に、それ以上の舞台に上がる必要がなくなったのだ。
「あとほれ――こいつもあのざまだったしな。」
そう言いながら、彼は刀身の消えた柄だけの剣――フェーズシフターを軽く叩く。
「壊れてたんでしたっけ?」
「さすがに無理させすぎたな。」
肩をすくめる。無理からぬことだったがやはり突貫工事は突貫工事だったのだ。
あの決勝終了後に、突然白刃が消えたのは相応の理由がある――黒のブースターの力に、急造の剣側が耐えられなくなったのだ。
表面上――と言うか、外装部分は問題なかったのだが、内部が持たなかった。
彼がブースターを使わなかった理由の一つがこれだ。
内部の回路の強度に若干の不安があったのだ。普段使いは問題ないがあまりにも強いブースターは回路を損傷する可能性があった。
「まさか戦闘用ちょっとつかったぐらいでイカれるとは思ってなかったが。」
「結構ぎりぎりだったんですねぇ。」
「ま、そりゃな。」
あんな突貫工事で、無理が出ないわけがない、設計図通りに作ってぐらいのことでまるっきり問題なく起動すれば誰も苦労などしない。
精密機器なんてそんなものだ、2000年も前の技術を現代で使えるようにするのはそれなり以上に難しい。
使ってる材料も違うし、現在の法的にまずい代物は避ける必要があった。
それでも必死扱いて作ったのがあれだ――正直、動かせるようには作ったし、試合終わりまで持つだろうとは思ったがあれでも完成品とはとても言えない。
「もう直ったんでしたっけ?」
「一応な、回路は強化したし、『鎧』との接続部も完成した。これでまあ、戦闘中に潰れることもないだろう。」
そう言っていっぱい茶を飲む。
なかなかに難物だったが――意外といけるものだ。
「にしても……派手にやりましたねぇ、学園の方じゃ今先輩のこと『死刑台の悪魔』なんて呼んでるらしいですよ」
「知ってるよ、ずいぶん……大仰な名前がついたよな。」
苦笑する。
ずいぶんと不名誉なあだ名をつけられた、人を助けたのに悪魔とは――
『いや、まあ、あそこでアイツいたぶってた時の僕は悪魔か。』
舞台の上での光景を思い返す――兄のまねをしただけなのだが、確かにあれは誉められたものではない。
正直、自分が悪魔なら長男などどうするのか?と思ってしまうのがテンプスだったが。
「まあ、いいんじゃないですか?あれで多少評価も変わったんでしょう?」
「……多少は?そもそも、元が悪すぎてよくわからんのだ、認めたくない奴はどこまでも認めないしな。」
先ほど話題に上がったあの不名誉なあだ名で自分を避けるものがいるように、彼を『詐欺師』と呼ぶものもいたのだ。
『まあ、ブースター使っちゃったしな。』
彼らの主張はこうだ――あいつは何か特別な魔術の道具を使って勝ちを拾ったのであり、あいつ自身には何の能力もない、あれはテンプス・グベルマーレの真の実力とは言えない。
とまあ、こんな調子だ。
こればっかりは仕方がない、ブースターを使えばそう言った物言いがつくだろうことは分かり切っていたし、そうしないと彼らのプライドが持たないのだろうことも分かっていた。
「ま、これまでの実力で考えるとそうなるよなぁ。」
「剣そのものもそこそこ特殊でしたからねぇ。」
ただの剣の柄でしかないように見える武器が、突然刀身を生み出しているのだから、どう考えても魔術の道具――いや、自分の体質を考えればそれはあり得ないのだが――だ、疑われても仕方ない。
「まあ、いろいろありますけどあの家もお取り潰しみたいですし。収まるところには収まったんじゃないです?」
「そうねぇ……ん?」
納得したように茶をすするテンプスは何かを見つけたようにベランダの外に視線を向ける。
「どうしました?」
「――客だ、最後の一仕事してくる。」
「粗っぽくしないでくださいよ。」
「この家で君の魔術より荒っぽいことは起こらんよ。」
「ぬかせ!」
ひらひらと手を振りながら階下に降りていく先輩の後姿を見つめて視線をベランダの外に向ける――そこに居たのはどこかで見覚えのある剣をもった見覚えのない生徒だった。
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