終わりを告げる

 テンプスの手を静電気の様に弱い電流が撫でた――あ術制約の終わりを告げるその電撃は、彼がすべての罪を語ったことを示していた。


「あ……く、くそっ!………てめぇ、出涸らしが!」


 体から、赤黒い電撃の気配が完全に消えたのだろう。再び口調に悪意の戻ったジャックが吠える。


「――随分と口汚くなりましたね、先輩、そっちの口調が素なんでしょう?ずいぶんと……品がない。」


 そう言って嘲笑を浮かべるテンプスは、もう一度白刃に体重を乗せようとして――体勢を崩した。


『おっと、まずいな……』


 消えてしまった白刃を一瞥して、内心に若干の曇りが生まれる――が、それを無視した。今は大詰めだ、手をこまねいている場合ではない。


「こんなところで………こんなところで終われるほど、終われるほど、安い男じゃねぇんだよ俺は!俺を誰だと思ってる?伝説の英雄の――タロン・ソルダムの子孫だぞ!オーガを打ち取った男の、子孫なんだぞ!?俺の家系を敵に回すとどうなるか思い知らせてやるぞ!!」


『割れ鍋に綴じ蓋か。』


「へぇ、どうするんですか?言ってみてくださいよ。」


「後悔すんなよ!?………母上!母上!!どこだ!見に来てるんだろう!金だ、金をもっと寄越せ!多くの傭兵を雇ってこのガキをぶっ殺してやる!」


 そう言って、彼は周囲に向かって首を振る――保護者席に居るであろう、自分の母を探しているのだろう。


 この大会は、一般公開はされていないが、保護者や学園の来賓は見ることができる、故に、彼はそこに居るはずの母を探しているのだろう。


『典型的な我儘なボンボン……にしても、ちょいと偏見が過ぎるか。』


 でも、母親――華美な衣装を着ている年を食った女はその言葉を決して肯定しない。それどころか静かに泣いている。


「いい加減になさいジャック!!財産はもうとっくに底をついています。あなたが毎日、遊ぶお金と、剣術に精を出すための資金として強奪すること5年!もう我が家にはあなたが通学することはおろか、食事さえ満足にできるほどのお金がないのです!すべて、お父様の後を継ぐと言って遊び呆けているあなたの怠慢が招いた結果!」


 そこで響いたのは驚くべき言葉だ。


「え………そんな、嘘………だろ? そんなの、先祖の名を使いたいっていうスポンサーからむしり取れば………」


「あなたの悪行はすぐに世間に広まるでしょう。そうなればスポンサー企業もなくなります……あなたが招いた結果です。せめて、そこの男の子が言うとおり――男子ならすべてにおいての責任を取りなさい!! 今すぐに!!」


「あ、あぅ………そんなぁ………」


 母親に見捨てられたジャックは、今度こそ力無く崩れ落ちる。


『……ホントにあの子の調べ通りだったとは。』


 内心で弟の友人の調査手腕に舌を巻きながら声をかける。


「それじゃジャック先輩――あーいや、元先輩か?まあ、頑張ってくださいね。」


「うわぁぁぁああああああああああああ!!」


 悲痛な悲鳴を上げながら泣き叫ぶジャックにテンプスの声など届かない。


「マギア、壁、解いていいぞ。」


『了解デース。』


 舞台を降りるために歩き出す。これが前代未聞のハーレム王の成れの果てか。


 そう考えながら、ゆっくりと舞台から降り――


「――待て!」


 ――られない。


 これほどの人間がいる中でなお、騒ぎを貫いて響いた声はなるほど剣術界で最も強いと言われているだけはありそうだ。


「――そこの男子生徒、止まりなさい。」


 そう言いながら、保護者席から現れたのは身の丈2mはありそうな大男だった。


「――これはこれはどうも、マイク・ソルダムさん、何か御用ですか?」


「――ああ、当然だろう?高々一回の、それも死刑執行人の息子などという薄汚れ男に我が家の家名に泥を塗られたのだ。様がないわけがない。」


「お、おやじ!助けてくれ!」


 そう言いながら体から怒気を発するその男こそ、現ソルダム家の当主であり、剣術界の重鎮――あるいは息子の放蕩を支えきれないほどに商才のない男、マイク・ソルダムだった。


「泥を――と言われましても、貴方の息子が真実やらかした事ですからね。そちらの教育のミスでは?」


「ぬかせ、人殺しの子供が、貴様ごときの言ったことなどだれも信じるわけがないわ!」


「……皆さん信じておいでのようだが?」


「貴様の胡乱な話術ゆえよ、貴様が消えれば暗示も消えるだろう。」


「なるほど、証拠を知ってる人間が消えれば万事もみ消せれると?」


「もみ消すなどと……発想が貧困な庶民の考えよな――のだ、そのような事実など。」


「はっ。御大層なことだな。」


 と、笑いながら幾らか考える――これに勝てるだろうか?


 時計は起動させていないとはいえ、胸にある。


 武器は――まあ行けるだろう。


『問題は――ないな、たぶん。』


「――そこの汚物。一度だけチャンスをやろう。」


「ふぅん?」


「ここで発表した事実をすべて虚言だったとここで全員に向けて発表せよ、そうすれば生かして――」


「断る。」


「――では死ね。」


 言いざま、腰に帯びた剣が抜き放たれて、一撃を見舞おうと体が躍動――


『来ましたよ。』


「――動くな。」


 する直前に止められた。


 一瞬の早業、テンプスにすら見切れぬほどの速度で現れた三人の男がマイクの体を地に沈めた。


「マイク・ソルダムだな?」


 何時現れたのかわからぬ四人目の男が誰何する。


「そ、そうだ!貴様ら何者だ!」


「――国際法院の執行官だ、お前と、お前の子息には逮捕許可が下りている、無用な抵抗はよせ。」


「――はっ?」


「お前の息子には『未成年の略取』並びに『未成年への性的暴行』お前には――正確にはお前を含むソルダム家の人間全員には『800余年前に行われたとある島での大量殺戮の事実隠避』と『盗難品の売買の容疑』がかけられている。」


「――ま、待て!そのような事実、われわれは――」


「知っているかいないかは重要ではない、お前らにはまだ払うべき罪がある、それがすべてだ。」


「――証拠は!」


「お前の子息の手の中にある――家宝の魔剣だそうだがそれはどこから持ち出されたものだ?」


 その光景は、終わりを告げる天使か死神が最後を告げに来たようだった。

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