砂上の楼閣

 冷めきった目線を隠さずにのたうち回るジャックの目の前に移動したテンプスが屈んで彼を見つめる。


「ご存じですよね、エレナ・ヴィオレ先輩。」


「ふ、深くは知らな――あいぐいぐい」


 再び、赤黒い稲妻が体を走る、嘘の証――苦痛はいつだって嘘から起こる物だ。


「付き合ってたそうですね。」


「ヴぉ!」


 肯定とも否定とも取れない呻きを上げて、稲妻の苦痛にジャックが身をよじる。


「どっちだ?」


「つ、つきあっでだ!」


「それだけか?」


「そうぅkぉlぽkぽぉpぉp!」


「嘘をつけ――「お前は俺の女だ。絶対離してやらねぇよ?それにお前を怖がらせるのはみんな敵だ。俺の先祖代々、悪に屈さず正義を通してきた。なら俺もできるはずだからな。なぜなら――」あー……なんだっけ?」


 忘れたと言いたげに肩をすくめて言葉を打ち切る。


 真実、忘れたわけではない。ただこちらに熱い視線を向けるある人物に配慮しただけだ。向こうで何を言っていても聞こえないが、自分はこの後もあの学園で生きていくのだ。


 無駄に嫌われることもない――特に希少な善人には。


「――待でっ、おまっ!」


「聞き取りにくいな、なんだって?」


 眉をせがめる。


 何ともわかりにくい発言だった――制約の威力を強くしすぎただろうか。


「それは俺どっ!なんで、お前が知っっで――」


「何故ってそりゃあなた――」


 呆れたように告げる。


「本人に聞いたからですよ。」


 それを聞いた時のジャック・ソルダムの顔は筆舌に尽くしがたい驚きぶりだった。


 実際問題、彼からすれば驚きだっただろう――何せ、かっこと共に葬り去ったはずの事実だったのだから。


「うそだ!」


「嘘じゃない――去年、何者かに拉致されて行方不明になっていた女子生徒。国の騎士たちも出動して騒ぎになった事件だった。結構な生徒が巻き込まれたな。今でも親族が嘆願書とか、依頼を出しているそうだ。でも、大掛かりな捜査にしては手掛かりがゼロ。まったくのお手上げ状態だった………なんででしょうね。この国の中はすべて、悉く調べた。なのに何の痕跡も発見できない。だとすれば、残る場所は限られている。騎士でも許可なくば入れない土地――よその国とか?そう言ったところ以外は探してる。」


 子供の知らぬ大人の事情。この男が介入できる余地はないだろう、が、まったく手付かずというわけではない。


 特に……そう、ごく最近、そういう事件があったばかりだった。


「――デュオ家が非合法に行ってた商売、ご存知ですよね。もう1ヶ月も前とは、時間の流れは速い。学園でも話題になった、知らないわけがない。あんたはオモルフォス・デュオと交際してた。で、俺を奴隷にするためにいくらかくだらない計画を立てたのも知ってる――まあ、失敗したわけだがね。」


 呆れたように見つめる視線は、ジャックの驚愕と恐怖を見て取った。


「――あの女の不法に所持していた地下施設に、あんたが邪魔だと思う女子をぶち込んだろう?国際法院が助け出したが……彼女はそこにはいなかった、だからあんたは死んだと思って安心してたろう?残念だったな、彼女、逃げてたんだよ、だな。」


 マギアのお使いの内の一つ――『人探し』はこの少女を探す工程だった。


 デュオ家崩壊の折、あの目ざとい後輩はいくつかの重要そうな資料を無断で借用していた。


 その中の一つにあったらしいのだ――鉱山労働の死人のリストが。


 彼女がこの男にさらわれているのはマギアの話でなんとなく分かっていた。


 ゆえに、その資料をあさって調べぬいた――結果としてこのリストにエレナ・ヴィオレの名は


 ゆえに思った――もしかしたら、彼女はまだ生きているのでは?と。


 そこからは早かった、この男のためにあの魔女が危ない橋を渡るとは思えない、遠くには輸送しないだろう。しかし、国内の施設には見慣れた相手はいなかった――と言うことは隣国だ。


 其処はマスコミによって周囲を包囲されていた、その隙をついて逃げたのでは?


 そう考えた彼はこれまでの生活基準から考えた、彼女の現在の似顔絵と大まかな行動予測を立ててマギアを向かわせた。


 いかなる魔術の御業かは不明だが、彼女は見事に彼女を見つけ出した。


 彼女がいつぞや言った「引き渡した」とは彼女のことだ。


「彼女以外の女生徒はみんな衰弱が激しくて、細かく話を聞けなかったらしいが、彼女は話せた、僕は彼女から話を聞いたんだよ。」


 茫然と口を開く男に傲然と告げる。


「――さぁ、真実を話してもらおうか。」


「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁあlっぁあああぁぁ!」


 拒否の言葉は続かなかった。


 体を走る電流が彼の口を強引に開かせる。


「そうだっ!こい、恋人だった!」


「それだけじゃないだろう――子供もできてたって?」


「そう!そうですっ!さ、さん、三回目のデートで!」


「結構なことだ――いや、避妊はするべきだと思うが、愛の結晶の誕生はいつだって好ましい……あんたにはそうでもなかったようだが。」


「そ、そんなごど!」


 赤黒い電流が強さを増した――どうやらマギア側が何かしているらしい。


「なら何で、腹の大きい彼女を隣の国の鉱山に送った?」


「!ああぁぁヵぁ!」


「黙るな、話せ。」


「じゃま!じゃまだったから!」


「だろうな……彼女が強い人で良かったよ、子供も無事に鉱山内部で生んだそうだ。魅了の影響を受けても職業倫理に準じた産婆さんと憐れんだ鉱山の担当者に感謝しておけよ――子供が死んでたら両足もそいだぞ。」


「あぐぐぐっぐ!」


「黙るな。」


 とうとう手が出た。


 電撃に耐えるように意味のないことを漏らし始めたジャックに向かって、問答無用に平手が飛び、頭に一撃を加えた。


「いい音するな――頭が空なのか?」


「おばべ――ああっぁぁぁぁ!」


「うるさいぞ、腐れ犯罪者。これ一つであんたを人生終わるまで国際法院の牢獄にぶち込めるんだ、面倒を大きくするな。次は剣術部といこう――あのクッソ忌々しい慣例についてな。」


「あっ!あれはっ!本当に慣れrぇぇっぇあぁsぁぁぁぁl!」


「嘘はなしだ――急げよ、そろそろ次の客が来る、全部話さないと契約不履行で一生そうだぞ。」


「おれが作ったっ!じんしんしょうあくのいっかん!」


「マネージャーはみんなそうか?」


「そう、そうだ!」


「何故誰も訴え出ない?」


「そ、それは――ああああああああああっ!わか、わかった言う!魅了だ!魅了でだあらせた!」


「――違法な魔術だ、知ってるな?」


「し、しらな――あぐぐぐっぐ!しってます!しいってました!」


「――結構。」


 赤黒い稲妻が消える――がくりと首を落としたのは一体何が由来なのだろう?稲妻の苦痛か、あるいは暴かれた罪の重さに首の骨が耐えられなくなったのか。


「――そうだ、ついでに聞いておくか。僕をあそこまで狙った理由はなんだ?」


「本当はっ!君の腕に使い物にならなくな!ってもらう!予定だった!うちの部で!部員にやらせる!」


「出ないともみ消せないからか。」


「そう!あまりに大きいと!けが!国がうるさい!」


「なるほど、」


「――だって許されないだろう?我が家を超える剣の使い手がこの学校にいるなんて、それも死刑執行人の息子なんて下賤な存在が!」


「なるほど。これが一番重要だが――僕の弟を狙ったか?」


「狙ってな―――いゅっあぁぁっぁっぁぁぁ!」


「――まだ学習しないのか?嘘はなしだ。言え、お前は僕の弟を狙ったのか?」


「狙った!ねらいました!君も弟君もしぶとくて!俺は、自分としては去年の内にどうにかしたかった!消さないと!おれがあぶない!」


「――まあ、そこに対しては事実だったな。」


 膝を持ち上げる。


 ふと、自分たち以外の音がしないこの世界で、夢と幻で作られた砂上の楼閣の崩壊の音が聞こえた気がした。


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