魔術制約


「すっげぇ。」


「やりやがった……」


「タロスを、倒した?あの魔術なしが?天才を超えた?」


「マジかよ。あいつ、もしかして本当は強かったのか?」


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


「すっげぇぇぇぇえええええ!!」


「なんだあいつ、去年まであんな雑魚だったのに!?」


「やっぱ才能ってやつか!」


 宣誓の後、熱狂。


 会場は一瞬で狂気に包まれ、歓声は大地を砕かんばかりに響いた。


 そんな観衆をどこかうるさそうに眺めてから、テンプスは虚空に向かって声をかける。


「――マギア。」


『はいはい?』


「頼みがある。」


『分かってますよ、もう貼りました。』


「さすが。」


 笑いながら振り返って、泰然とした足取りで震えるジャックの前に立った。


 腕は古の魔術により独りでに浮き上がって切り取られた個所に奇怪な音を立てながらくっつこうとしている――どこかグロテスクで思わず目を背けたくなる光景だった。


「すべての罪を自分で告白してくれる約束でしたね」


 見下ろしながら告げるその声は冷ややかだ。


「くう………ふ、ふん。約束? したかな、そんなこと」


「言うと思ったよ――あなたが今まで犯した罪についてだ。剣術部の次期主将って期待されながらお山の大将気取ってた頃から、ずっと続けていた悍ましい行為、身に覚えがあるでしょう、そのすべてを話す今なら最後のチャンスをあげますよ?」


「……誘導尋問かな?でもそんな挑発には乗らないよ。俺の身の潔白は本物さ。なにをしてもきみの口車には乗らない。」


 この期に及んで隠し通せる気でいるらしい、魔術制約の罰則の痛みを知らないのだろう――いや、単に馬鹿なだけか?


「――そういう態度なら仕方あるまい、『契約の執行を宣言する。』」


 瞬間、ジャックの目に契約の赤い光が宿る――魔術制約が効果を発揮し始めた。


「『――契約は滞りなく実行されます――』なっ!」


「忘れたなら教えておくが僕とあんたの間の魔術制約はもう結ばれてる。逃れることはできんよ。」


「まさか……だって、この国で一番腕の立つ解呪師に解呪させたはず……」


 愕然とジャックが言う。その顔は恐怖と驚愕で満ちている。


「なんだ、あんたそんなことしてたのか?道理で、あんた本人がいつまでたっても出てこないなと思えば……」


 鼻で笑う――この国の魔術師で彼女の魔術を破るのは無理だろう。世界中を探しても片手の指で足りる程しかいるまい。


「どうやったんだ。」


「どうもくそも、彼女の方がその「この国で一番腕の立つ解呪師」とやらよりも腕が立つんだろう。」


「ありえない!おれよりも年下のガキが……!」


「残念ながら今あんたは年下のガキに負けて地面にはいつくばってるわけだが。」


「――っ!」


 苦々し気に歯を食いしばってこちらを睨む。


 腕はまだ完全にくっついてはいない、無理に動かせば再びポロリだ。攻撃はできない。


「その愚かさか浅はかさかに免じて、一つ一つ僕が暴いてやろう――マギア!」


 パチン、とどこかで指が鳴った。


 瞬間、世界から音が消える。


 静穏の魔術だ、超広域化されたそれが瞬きをするほどの時間もかけずに会場全体を覆い、あらゆる音を駆逐した――彼らの話す声以外の音を。


 驚愕にジャックの目が見開かれ首位をきょろきょろと見回す――人がいるというのに生活音が一つも聞こえないことのおぞましさを彼は生まれて初めて知ったのだろう。


 異変に気がついたらしい教官が虚脱状態から抜けてこちらに向かってくるのが分かった――が、それも舞台の端までだ。舞台に上ろうとするが、縁から先に進めずに悪戦苦闘している。


 これもマギアの仕込みだ――友人の恨みなのかずいぶん手が込んでいる。


「――さて、場も静かになった、拡声の魔術も――機能してるんだろ?」


『OKでーす』


「――いいようなので、話を始めましょう。」


「だ、だから何のだ!僕は罪なんておかしてぇぇっぇぇえぇぇl!」


 瞬間的に電光が走る、魔術制約の罰則が執行されたのだ。


 体が弓なりにピンと伸びる、地面の上で赤黒い稲妻を体にまとわせて、ジャックはのたうち回っている。


「魔術制約を破れば罰がある――きちんとあの書類に書いてあっただろう?まあ、あんたが読んでるとも思えんが。」


「ぐがががががggっががが!」


 背骨がへし折れそうなほど屈曲した背骨がミシミシと音を立てる、


「罪を認めないと止まらないぞ。」


「み、認べる!みどめる!罪を犯した!」


 瞬間、稲妻は姿を消し苦痛から解放された、ジャックが地面に倒れ伏した、がくがくと痙攣する肉体が苦痛のほどを感じる。


「わ、悪かった……き、君にしたことは謝る、本当に申し訳――」


「何をしたんだ?」


「えっ?」


 唖然としたようにジャックがテンプスを見た。


 先ほどまで使っていた白刃によりかかるように立つテンプスはひどく煩わしい物を見るように彼を見ている。


「あんたは僕に、何をしたんだ?」


「そ、それは――あぁlそdぁぁぁっぁぁ!はんそく!ほんそくした!」


 舌がもつれて妙な発音になりながら、ジャックは自分の行った行為を語る。


「お前の!ロッカーを壊せと命じた!武器、武器なければ大会に出られないから!」


「それだけか?」


「ぶ、部員!部員に命じて追い掛け回した!お前を痛めつけろて大会を棄権させたかった!」


「舞台上でもやったな?」


「やった!増援!ゴーレムの振りさせて!部員にも補助させた!麻痺の魔術と補助呪文!」


「それ以外にもあるだろう。」


「きょうかんん!買収!かね、金渡した!」


「今年だけか?」


「去年もやった!麻痺の魔術で!」


「――結構。」


 赤黒い稲妻が消える。


 かべのむこうで教官が唖然としながら舞台に侵入しようとして見えない壁に弾かれている。


 体が感電しているかのように痙攣する男はともすれば被害者の様に見えなくもない――話している内容を無視すれば。


「あぁー……ぁー……」


「ふぅん、さすがにマギアの魔術だな、正確。」


「こ、これで、許してくれるな、制約を解いて――」


「――何言ってる?あんたがやったのはこれだけじゃないだろう。」


「ぇ……」


「制約の内容は『この学園にまつわる罪のすべて』だ、あんたはまだ、この学校で行った罪をすべて明らかにしていない。」


「――し、知らない!俺はこれしかぁぁああぁぁあっぁあl!」


 再び電撃が襲う――嘘をついている証だった。


「本当に何もしてないと?」


「し、してない!俺は知らないぃぃぃ!」


「――エレナ・ヴィオレ。」


「ヒュ!」


 その名に、ジャックの顔色が変わる。


 その顔にはありありとこう書いてあった――「何故知っている!?」


「かわいい人でしたよね、成績もよかった、オモルフォス・デュオほどじゃなかったが間違いなく人気者だった。」


 思い返す――大図書院で見た彼女は颯爽としていた。


 何時も周りに人の絶えない人だった。


 話したことはなかったが――ああいう人が、真実、いつまでも頼られる人だったのだろう。


「――あんな目に合う人じゃなかったよな。」


 そう言いながら、ジャックに視線を向ける――その目はまるでいつか見た魔女のそれの様に冷えていた。

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