いい加減やめるべきあれこれの終わり

 彼にしか見えないだろう桜色の燐光を手で払いのける――これが、彼の剣に宿った力『斬撃テムノーのパターン』だ。


 単純な斬撃の威力を数倍にし、いくつかの付帯効果を与える純戦闘用のブースターは彼の期待以上の効果を発揮した。


 本来なら鎧を切断して胴体に薄い傷をつける程度の威力にとどめるつもりだったのだが――予想外にあっさりと鎧が切れてしまったため、あわや、胴体を切断しかねないところまで行ったので急いで斬撃の軌道を変える羽目になったのだ。


 結果として、傷が大きくなってしまったが――上半身と下半身が泣き別れにならなかっただけ、ましな方だろう。


 本来はこれに鎧の威力が乗るというのだからさらに恐ろしい、鎧を着ていたら鎧越しに胴体をたやすく切断し、舞台の呪いでもやすやすと治せなかっただろう。


 地面に倒れ伏したジャックは、背骨手前まで叩き切られた衝撃が抜けきっていないのだろう、地面にうずくまって斬られた部分を抑えて身じろぎ一つしない。


「――おい。」


 その背中に声をかける。


 ビクリ、と背中が震えた。


「「わかってくれたかな。ああ、降参してくれてもいいんだよ。殺しはしないけど、身の程を弁えてもらうためなら半殺しも辞さないからね。その前に降参するのは利巧な判断だと思うのだけれどね。」――だったか?」


 口真似を交えて彼は面白くもなさそうに告げる。


「同じことを聞いてやろう――降参してもいいぞ、殺しはせんが……無理に抵抗するなら半殺しも辞さない。利巧な判断をしてくれるようにと願うよ。」


 先ほど自分の体を切断しかけた悍ましき白刃を揺らめかせて、目の前に立つ学園で一番できの悪い『はず』の男が傲然と告げる――その体に傷らしい傷はない。


「……おまえぇ……!」


 憎しみの子思った視線が足元から注がれるのが分かる――なるほど、視線で真実人を殺せるのなら、おそらく、こんな風に体を突き刺すのだろう。


 腹を抑えながらそれでも必死にこちらを睨むけなげな悪人の顔を見下ろしながらテンプスは炉端の意志でも見るような無感動な瞳を向けて告げる。


「なにか?やるっていうなら止めんよ、さっきのは僕の分だ――まだあんたに恨みのある生徒の分斬らなきゃいけない気も実はしててな。」


 少なくとも、三人ほど当てはあった。


 言いながら、白刃を持ち上げて、再び誰にも見えない燐光を剣にまとわせる。


「わ、わかった!負けだ!俺の負け!君の勝ちでいい!」


 叫ぶ。


 みっともなく、恥も外聞もない。


 その姿は以前、学園の誉れとまで呼ばれた男の姿と呼ぶにはあまりにも悲しい姿だった。


 どこかから漏れる失笑は果たして誰に向けられたものだったのか、それは誰にもわからない――ただ一つ確かなのは、ジャック・ソルダムの無敵神話は今公的に敗れたということだ。


『……』


「――教官。」


『――ぇあ?な、なんだ、テンプス?』


 虚脱したように茫然と目の前を眺めていた教官ははたと気がついたように声の方に視線を向ける――その顔色は青を通り越して白い。


「勝利の宣言がまだですけど。」


 言いながら、ゆっくりと教官の方に視線を向ける。


 その視線を受けた教官は――そう言えばいまだに名前を思い出せない――ひどく驚いたように顔をゆがめる


『――いや、待て、まだ完全に行動不能になったわけではないぞ、まだ試合は――』


「降伏は認められるのは例年の習いですけど。」


『ぇ?ああ、いや、えー……それはあくまでも慣例だ、このような状況はとても認められない。』


「じゃあ、ほかの選手の降伏も認めないと?」


『状況次第ではな、不正の可能性があるのであれば相応の扱いになる。』


 なんともまあ……穴だらけな論理だった。


『何が何でも負かしたくないんだなぁ……』


 と思いながら、彼はゆっくりと剣を握りなおす。


 あきらめたようにため息を吐き、ゆっくりと視線を落としてから口を開く。


「――わかりました、それじゃあ――」


 瞬間、反転。


 真後ろから迫ってきていた『ノーネーム』の刃を上体を前傾姿勢にして躱す。


 頭上を斜めに断ち切りながら通り過ぎた銀閃を一顧だにせず彼は斜め下から上に向けて白刃を振りぬく。


「―――ぎゃぁぁぁ!おれ、俺の腕がーー!!」


 ズバン、と子気味のいい音を立てて、ジャックの腕が中程から切断された。


 背後からこの男が迫っているのは分かっていた。


 ご丁寧に自分に周りの声が聞こえないように誰かしら『静穏』の呪いまでかけている。外部から警告の声が聞こえないようにしたのだろう。


「すぐにくっつく、騒ぐな。」


 煩わしそうにテンプスが言う――人の腕を切り飛ばすのは初体験だ、決して気分のいいものではない。


「それで、あー……どうすれば勝ちなんでしたっけ?」


 振り返って、教官に問いかける。


『――ひゅ、い、いや、うん、慣例は慣例だ……従うべきこともあるだろう。うん、あー……ゴホン』


 咳ばらいを一つ、彼の中にある何かしらの算段に別れを告げたらしい。


『――先ほどのジャック・ソルダムの発言を正式に降伏として認定する!』


 張り上げた声に周囲がざわめくのを感じる、「さっきまでと言ってることが違う!」と叫ぶ声も聞こえたが――まあ、そこはどうでもいいだおろう、重要なのは――


『よってNブロック初戦――勝者、テンプス・グベルマーレ!』


 大声で告げられた大番狂わせ。とんだダークホース誕生の瞬間。


 彼のいい加減やめるべきあれこれの終わりは、案外とあっさり訪れた。

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