決着の時

「――何をした。」


 もはや、笑顔はなかった。


 凍り付いた表情でジャックは言った。


「ちょっとした手品さ。」


 それは彼が仕込んだ金属板の――そこに刻まれたサーキットの効果だった。


 彼の作り上げたフェーズシフター――『多目的決戦用可変兵器』はスカラーの大いなる遺産であり、同時に最も偉大な守護者である『スカラ・アル・カリプト』の基本兵装であり、これ一つであらゆる状況に対応できるよう、技術の粋を集めて作られた装備だった。


 この世のすべてはパターンだ。


 人には人の、場所には場所の、魔力には魔力のパターンがある。


 それは時にタイミングの様に振るいまい、それは時に流れのようにふるまう。


 全てはパターンだ――ゆえに、この世に起こる大抵の現象は『パターンで再現できる。』ということに他ならない。


 例えば、肉体の運動は筋肉同士の連動だ、屈筋と伸筋、脳からの信号、それらが織りなすパターンだ。


 ゆえに、それをどこかしらで止めてしまえば肉体は自在に運動できなくなる。


 これが、彼が今使ったパターン――『拘束のパターン』だ。


 それはあの日、タロウ何某さんに使ったものと同じパターンであり、あれよりもずっと洗礼された力だった。


 護身用に作成されたあの『拘束のコイン』はコインを張り付けている間しか効果の持続しない代物だったが、この金属片から得られる力はその比ではない。


 切り付けられた対象を既定の時間、特殊な外的要因を除きあらゆる方法で活動できなくする、精神も肉体もだ。


 金属片――『ブースター』に描かれた人の目にはとても見ることのかなわない細かな傷は、パターンを読み取れる人間にしかわからない特殊な流れと力の対流を生み、それが肉体や物体の運動を縛る。


 これがこの武器の特徴、本来、ひどく超大な図式を刻む必要のある図形を手のひら大に収めて自在に扱うことを可能にする『戦術的な兵器』だ。


 今回使ったものは比較的簡単な代物だったが、中には肉体を再生不可能な破壊方法で破壊するすべもある、真実、彼がこの世でもっともすぐれた武装だと信じる物だった。


「ありえない、お前に魔術が使えるはずが……」


 否定するように――あるいは、その事実にすがるようにジャックは言う。


「魔術だけがこの世の神秘ってわけじゃない。」


「――そうか!わかった!わかったぞ!お前、あの女――マギア・カレンダに魔術を掛けてもらったんだろ!あの女ならそれぐらいの魔術、当然使えるはずだ!」


 声高に叫ぶ、鬼の首でも取ったようだ――この男なら、取っていなくてもこれぐらいの声は上げるか。


『――何?それは本当か?それが事実ならば、重大な反則行為だ、直ちに反則負けと――』


「なら、魔術を打ち消して、魔術を遮断すればいい、この舞台ならそれもできるだろう?」


「……!」


 驚愕に染まる――それはこの舞台に備わった設備だ。


 不正な――あるいは何か特殊な状況で戦う必要がある場合にその状況を再現する必要がある際に、使用されるこの機能は魔術の効果をすべてキャンセルし、魔術が内外において使用できなくなる機能だった。


「そ、そんなことする必要は――」


「――やれよ!」


 観客席から声がした。


「黙って見てればぐちぐちと――そんなに言うならやればいいだろう!」


「そうだそうだ!あれだけやっといて――人に疑いをかけるぐらいならそれぐらいの証拠だせよ!」


「それともあんたが何かしてるのか――そこで寝てるやつらみたいに!」


 観客席から野次が飛ぶ――想定通りの反応だった。


 別段、この学校の生徒の善性を信じたというわけではない。


 それを信じるにはテンプスは少この学校に痛めつけられすぎている。


 ただ、だからこそ分かる――この学校の生徒は『弱い物を見つけた時に集団で囲んで棒でたたきたがる』ということを。


 普段の自分の様に、あるいは――今の彼の様に。


 悪のレッテルを張ることができ、かつ、自分に攻撃ができないと思えばこの学園の生徒は確実に彼を攻撃するだろう、確信があった。


 この学校の生徒はけっして人品がよくなく、かつ、流されやすいということを――テンプスは信じた。


「――っ!」


 普段のテンプスと同じ状況に自分が置かれていることを理解したらしいジャックは憎々し気に周囲を睨みつける。


「――どうする?やるってんなら別にかまわんが?」


 そう言ってこちらを見つめる視線に、ジャックはこの男が真実何か魔術ではない力を使っているのを理解した。


「――必要ない!お前がどんな卑劣な手段を使ったのかは知らないが、そこまで言うんだ、甘んじて受けてやろう!」


 それでも、ジャック・ソルダムはどこまでも上から目線の男だった。


「だが、この鎧に――この俺にそんな卑劣な手段は通じない!必ず、お前を倒し!お前の不正を明るみにしてやる。」


 そう言いながら、彼は自分に向けて自慢の魔剣――人から奪った成果だ――を突き付ける。


「結構なことだな、じゃあ――そろそろ終わりにしようか。」


 そう言って、彼はゆっくりと腰に手をやる――そこにあったのはあの四角形のケースだ。


 先ほどと同じようにケースを開く。


 先ほど使用された一枚を除いた四枚が、再び空気に触れる。


 中指に力を籠める、三角形からばねの力で押し出されたブースターを引き抜き、ケースに戻す。


 代わりに引き抜いたのは五枚の中で一番下に展開された特殊な金属片だ。


 全体が黒く染まったその金属片はより細かく、より多彩な傷がついた代物だ――つまり、先ほどの物よりも力のあるパターンだった。


 先ほどの一枚と同じようにブースターを差し込む。


 レンズの下で輝く黒光りする金属板はその身に宿した数千にわたる疵の中に満ち満ちた力をうねりを上げながら解放しようとしている。


 ゆっくりと、テンプスは剣を構える。


 同じようにジャックも構える。


 空気が緊迫感で揺れた。


 双方の距離はおおむね10メートル、お互いに同時に走れば一秒はかからない距離だ。


 先んじて駆け出したのはジャックだった。


『この鎧は俺の身体機能を十人力にする!今までの比じゃない!魔剣とこの鎧のコンボは最強だ!』


 心中で叫んで駆け出す、彼の足を進ませるのは彼の筋力だけではない。


 外部からの魔術的支援と鎧と剣による強化、そして剣が起こす肉体制御に従い、最短の速度で駆け抜ける。


 常人ならば決して到達し得ない速度で一秒もかからずに距離を詰めたジャックは、万感の思いを込めて叫ぶ。


「死ねぇぇぇええええええええ!!」


 それはある種、小悪党の象徴ともいえるセリフだ。


 もはや彼の中にこの舞台にかけられている保護の魔術のことも周囲の観客のことも彼の頭にはない。


 ただひたすらに、目の前の邪魔者を消し去るために。


 それだけを考えて振り切られた斬撃は音を置き去りにして振り下ろされ――


「――あっ?」


 


 振り下ろそうとした腕に力が入らない、何が起きたのかと下を向けば――まるで断ち切られたようにぱっくりと切れた鎧と横一文字に光の筋を宿した自分の肉体だった。


 腕から力が抜け、だらりと地面に落ちる。


 『斬られた。』と気がついたのは、体が地面に沈み込んで、目の前のテンプスが落ち着いた様子で自分の刃を手で拭うようななしぐさをしているのを見た時だった。


 地面に倒れ伏したとき、ジャックの身に残ったのは呪いの効果で消えていく傷と、敗北感だけだった。

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