「――それはどうかな?」

 口がそう動いて見えた、高らかに音が響く――指が弾かれた音だ。


 それを合図にしたように三人の獣人の体が震え始める。


『――何だ?明らかに外部からの干渉だが……見たことのないパターン……魔術?』


 その様子は明らかに尋常の物ではない。


 三人が三人とも、体を極寒の空の下に居るかの様に震わせて、白目をむいている。口からは何やらうわ言のようなものまで漏れている。


「なんだあれ……病気?」


「あんな状態でも戦わせるとか……」


「なんかの薬じゃねぇの?明らかに正気じゃないぜ。」


 口々に漏れる言葉には不信と嫌悪の色が色濃く表れている。


「――おい!教官!あれはどう見ても、正常ではないだろう!早く試合を止めろ!」


『も、問題……問題はない!』


「いや、どうみてもあるでしょ。」


 舞台袖で始まっている場外乱闘をどこか遠いことの様に聞きながらテンプスは思考を巡らせる。


『――明らかにおかしい、』


 その目に映るのは彼が強かに羽を打ち据えた鷹の姿だ、骨に異常がないとはいえ、もう動かせないだろう羽を強引にはばたかせてそれに浮かんでいる。


「――よせ!無理をするな!二度と飛べなくなるぞ!」


 そう観客席から悲痛な声が飛んだ、おそらく同種の獣人だろう、そこの声の音から察するに――おそらく、知り合いだ。


『――先輩、その魔術を止めてください。』


「――マギア?」


 耳に突然飛び込んできたその声もまた、同じように切羽詰まっている。


『そうです、止められますか?』


「無理だ、この手の術は明らかにあいつには扱えない。」


『っち、じゃあどこの馬鹿が――いいです、なら何かしらの方法で動けなくさせてください。急いで!』


「なんでまた――」


『――あれは狂化です。わかりますよね。』


「――あれか。」


 その名で思い当たる魔術は一つだ、そしてその魔術は――


「あれは今だろう?」


 それは魅了や、彼女が以前使ったと聞いている昏睡の魔術に近い性質の魔術だ。


 戦争時にあらゆる陣営が使用し、血で血を洗ういかれた状況にした原因ともいわれるこの術は対象の思考を縛り、戦闘以外のあらゆる精神行動を抑制する。


 ゆえに、根本的な自己保全すら行わないくなるこの術はその難易度の低さから危険視されて、終戦後にすぐ、禁止魔術の仲間入りを果たしたはずだ。


『ええ、貴方達は習わないでしょう、ですが私たちの時代は使えたんですよ。』


「――あの魔女か!」


 全てがつながった気がした。


 あの悍ましき女、忌々しいオモルフォス・デュオ。


 あの女とつながりのあったあの剣豪なら、あの術を扱うための道具か魔術書を譲られていても何らおかしくはない。


『――いいですか、あの術は肉体の許容量を超える多大な負荷を掛けます、あのままだとあの三人は助かりません、できるだけ急いで制圧してください。』


「わかった。」


 告げて、見つめる。


「しつこい奴め……」


 ぽつりとこぼす――これだけ周到に自分用の反則を仕込むとは!


 ゆっくりと腰に――剣を吊っていたのとは逆の腰に手を伸ばす。


 そこにあったのは長方形の箱だ。


『できれば使いたくなかったが……』


 もはやそうもいっていられない。


 あの『狂化』の術は基本的に使用が制限されている危険な術だ。


自分の計画に彼らの人生程の価値はない。


 彼らの肉体や精神にかかる負荷は計り知れない、早々に始末をつける必要がある。


「――どうだい?大した忠誠心だろう?こんな風になっても俺のために戦ってくれるんだから。」


 そう言って、下卑た笑みを浮かべるジャック一瞥する。


「――あんた、彼らのことゴーレムだとか言ってなかったか?」


「言ったっけ?まあ、どうでもいいさ、重要なのは僕の合図で彼らが君が死ぬまで追い続けるってことなんだからさ。」


 そう言って笑う笑顔はひどく下劣で、見ているだけで吐き気がしてくる有様だ。


「わかってくれたかな。ああ、降参してくれてもいいんだよ。殺しはしないけど、身の程を弁えてもらうためなら半殺しも辞さないからね。その前に降参するのは利巧な判断だと思うのだけれどね。」


 そう言って、彼は手を差し出す――ばかばかしい!


「僕が?あんたに?まさか!」


 心底呆れたように返す、心底呆れているからできたことだ。


「――なら、死ぬしかないね。」


 そう言って表情が凍る、手を高らかに上げて、勢いよく下ろそうとする。


 腰の上の箱に指が触れる。


 上の短辺を親指がなぞり、表面の四角形の上で指を躍らせる。まるで絵を描くように。


 かちん。と金具が外れる音がした。


 親指が短辺を撫でる、辺の端から押し出すように外に弾いた。


 すると、横の長編から箱が展開し、外に内容物が現れた。


 それは薄い金属板だった。


 手のひら大の薄く、長方形の金属の板はその表面に人の目には見えない程細かく、薄い傷が無数についている。


「――なんだいそれは、君の葬式の招待状かな?」


「違う違う――舞踏会の招待所だよ、踊るのはたぶん僕だけだがね。」


 言いながら、彼は五枚飛び出した金属板の一枚、真ん中の一枚をそれを剣に差し込む。


 ここで、テンプスは剣についてもう一度語ろう。


 それはまるで玩具の様に見える物体だ。


 刀身以外すべて黒で構成されたそれは一見すると柄の上に三角形の鏃が乗っているような見た目だった。


 一部がくぼんだ三角形の部分が二つに分かれているのもより一層違和感を加速させた。


 二つに分かれたその部分は回転盤の上に設置され、その中央にガラスの様に透明な円形の部品で接続されていた。


 三角形の下辺に向かって『装填』された金属板は透明な『レンズ』の下で、その身に宿した『パターン』を開放するときを今か今かと待っている。


「――何をする気かは知らないが……やれ、目をえぐり、足を落とせ。二度と誰一人逆らう気が起こらない程徹底的にな。」


 言いながら手を振り下ろす――その姿を、テンプスは横目で見つめる。


 脳内で未来が映った。


 それは彼の脳に仕込まれた無数のパターンが導く予測された光景だ。


 それを見つめながら、彼の指が動き『柄から飛び出した引き金を引いた』


 剣の内部機構が高速稼働し、『レンズ』の下の金属片に、回収されたオーラを流す――それは『回路サーキット』だった。


 白い刀身に一瞬青い電光が宿る。


 次の瞬間には彼は狼の前足に一撃を加えていた。


 勢いよく飛び込んできた狼の一撃をサイドにステップしながら、横薙ぎに払った剣で掬うように切る。


 ちょうど爪と肉のはざまを切るように振りきられた一撃は狙いを過たずに的中する。


 そのまま、身をひるがえして、目に向かって突撃してくる鷹に向かって脱ぎ掛けている靴を蹴りこんだ。


 突然目の前に現れた障害物をしかし鷹は躱さない――自己保全の脳機能がマヒしているからだ、空中で鼻っ面に突然の一撃を受けた鷹が体勢を崩す。


 そのすきを逃さずに走りこんできたテンプスの白刃が走る。


 薄く、けれど確かに切られた鷹の体が地に落ちてとまる。


 地面に口を上にして落ちている靴をかかとをつぶして強引に履き、飛んできた槍を躱す――あとは先ほどの焼き直しだ。


 倒れこんだ猿を一瞥して、彼は再びジャックに振り返る。


「ああ、やっぱり大したものだよ、すごい腕だ――だが意味はない。」


 そう言いながら、彼は再び指を高らかに鳴らす、獣人達は起き上が――


「――へっ?」


 


 よくよく見て見れば彼らは体を何かに縛られたように、腕をピンと伸ばして身じろぎ一つしない――まるで本当に石像にでもなったように、そこを動けなくなった獣人達の姿がそこにあった。

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