三対一の交戦
「オォン!」
地面をこするほど低空を狙う狼に爪は鋭く、ただその一撃で鎧の装甲を叩きこわしてしまうような威力でもってテンプスの足元を狙った。
右足を狙ったその一撃は軽く片足を上げた彼の動きによって至極あっさりと躱された。
足元に向かって剣戟を放つ。
地面をかすめるように走った一撃を振りぬきながら腕を後ろに回す。
「キャァァアーーー!」
背後から突然鳴り響いた悲鳴のような威嚇の声を聴きながら、飛来した鉄のように固い爪を反転しながらあらかじめ後ろに回しておいた刀身で払う。
背中側に抜けていく影は再びする同じ軌道で上空に戻り、彼の頭上でぐるぐると旋回を始める。
それに注意を払うこともなく、耳に響いた風切り音に体が動く。
即座に前方に向かって体を投げ出す、飛び出した体の背中側から迫る一撃を躱す。
飛来したのは二本の投げ槍――猿の攻撃だった。
立った状態の背中を狙った一撃は彼の頭上を通り過ぎ、石畳に当たってはねた。
ぐるり。と体を回して、跳ね起きたテンプスに再び狼の魔手が迫る。
矢継ぎ早な攻撃、ぎりぎり凌いでいるがどれか一つでも当たればそのまま攻撃の渦にのまれるだろう。
『――いい連携だ、練習でもさせられてんのかね。』
狼が接近戦を行い、鷹が上空から隙を狙い、猿が遠距離から攻撃を行う。
「――おいおい、どうしたんだ?防戦一方じゃないか。」
狼の牙を半身でかわした彼の耳に、不愉快な声が響く。
「その『ゴーレム』達は俺の道具であり装備であり武器だから。遠慮なく攻撃してくれていいんだよ」
そう言って笑う。
つまり、碌な防具さえ与えられていない生身の獣人族の生徒を盾にしているわけだ。
彼の剣の切れ味は並外れている、一撃でも当てれば石の肌であろうとただでは済まなくなる。それでもいいのか?という人情に訴える非道な手段に出たらしい。
「……先輩。その人達は道具ではない。獣人族で、学園の生徒でしょう。」
「そう見えるのかい?でも俺にはそうは見えない。所詮、狼と猿と鷹でしょ?人間じゃない。使役される道具じゃん、先祖だってやってることさ。」
ざわっと、背筋に違和感が走る、明確な敵意を感じるときに反応する防衛反応が背中側で起こった感情の激発に触れて、体が自然と対応をした。
タロウ何某さんだろう。
曲がりなりにも自分と共に歩んだ仲間をそのような風に言われるのが許せないのだ――特に、この一族には。
「僕にはそうは思えませんけどね。」
「それならそう思っていればいいさ、どうにしたところで、君が攻撃しないのなら、君が傷つくだけだ。」
半身になって躱した投げやりの本数を数える――15本。そろそろあの体に隠すにも限界だろう。
もう一度襲ってこようと構える狼に牽制の投石を行って距離を取る。
そう言って笑う男の言葉に眉を上げるだけで答えて。ゆっくりと構える右手に剣を左手には――隠し球を。
腰を落として右手で掲げるようにして直立させた剣の下に、左手を地面と水平に置く。
その動きを見てか知らずか、狼――マギアの棺の一件の時にサンケイが来る直前まで揉めていた彼だ――が自分に襲い掛かって来る、その動きを制するように足先に刺突を放つ。
右手を前に、下に添えていた左手は、わきの下に引き付けるようにピタリと付けて、親指がちょうど脇の縁に来るようにポイントする。
すんで後ろにはねて躱す狼に追撃は要らない、こいつが追い付くよりも早くケリがつく。
後ろからの怪鳥音を聞いてから、一秒の間を置かずに、テンプスは親指をはじいた。
そこから飛び出したのは先ほど、サルに向かって牽制で放った石の中で最も小さい物だ、指弾の要領で弾かれた石は並外れた勢いで空を切り、後ろから急降下して現れる鷹の目に直撃した。
全身が石の様になっている鷹の体に石がぶつかった程度は大した問題にはならない――問題は『目に当たったと、鷹本人も思うこと。』だ。
目に何かあった驚きでとっさに、鷹は空中での制御を失った。
軌道がぶれ、空気抵抗が増し、結果として、攻撃の着弾と回避が遅れる。
それ見逃すテンプスではない。
即座に反転し、横にかえした剣の腹で鷹の翼の部分をしたたかに打ち据えた。
「ぎょっぉぉぉぉっ!」
取りの口から何か奇怪な悲鳴がほとばしる、折れてはいあないだろうが、飛行能力は亡失した、しばらくは打撲の痛みに悩まされるだろう。
振り切った姿勢から脇に向かって全力で跳ぶ――次の瞬間、テンプスの居た場所に投げ槍と狼の体が恐ろしい速度で通り抜けた。
投げやりは鷹の体を躱した物の、狼はそうはいかなかった、飛びかかった勢いのまま、翼をやられて飛行制御が効かない状態で彼は狼に向かって突っ込んだ。
空中で激突した彼らはそのままもみくちゃになって地面に落ちる――次だ。
即座に反転、視線の先で投げ槍の投擲準備に入っている猿めがけて突撃する。
慌てて放たれた投擲物にテンプスを貫くような能力はない。
あっさりと斬撃に阻まれて進撃を許す。
三発目の準備が終わるのとテンプスが剣の腹で猿の頭を打って軽い脳震盪を起こさせたのはほとんど同時だった。
「――さん。これであんたのお供の相手は済んだかな?」
そう言いながら彼はゆっくりと剣をジャック・ソルダムに向ける。
その顔はいつもと同じように――笑って見える。
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