完全勝利
「おぁぁぁ!」
剣が勢いよく振られる。
その一撃は並の人間なら容易く戦闘不能にできるだろう――並の人間なら。
「フェイントぐらいかけろ。」
「ごふゅ!」
体を斜めに倒しながら剣の腹で胴をしたたかに打ち据える。
普段の筋トレの成果か、その一撃には体をくの字に曲げるだけの力があった。
ジャック口元にはもはや、あの煩わしいほどの爽やかな笑みは消えていた。
さもありなん。学園でも最下層に居る死刑執行人の息子、テンプス・グベルマーレに、こんなあっさりと翻弄されて転がりまわるなど彼の肥大しきったプライドには傷口に塩を塗られているに等しいだろう。
『――そろそろか。』
何か仕掛けてくる、確信に近い思いを抱えていると、ジャックはおもむろに立ち上がって。
地面に何かを叩きつけた。
「――!」
バンッと勢いのいい音が響き、周囲に白煙が散る。
会場全体を埋め尽くすような白煙が立ち上り、会場に居るすべての人間の視界がふさがれる。
何が起きたのか、と会場が騒然とする中、わずかに数人、この事態を動揺せずに受け入れている人間がいた。
一人は教官だ。まるで何が起こるか知っているように白煙の向こう側を眺めるその姿はある意味泰然としているようにも、すべてをあきらめているようにも見えた。
一人はサンケイ、遠き異界の地で見た時ですら目を疑った光景が今目の前で起きていることに興奮しながら、霧が晴れるのを待っている。
一人はマギア、白煙の中すら見通す魔術でもってその光景を見ていたマギアの呆れとも、怒りともつかないその顔はテンプスが見れば「論文でもつっかえされたか?」と聞きたくなるほどに不機嫌だった。
「呆れた男……」
そう、マギアがつぶやいた時、白煙がはれて――舞台の上が映った。
そこに居たのは『五つの影だった。』
一つはテンプス。
先ほどまでと変わらぬ軽装でそこに立つ彼は口もとに皮肉な笑みを浮かべて泰然と相手を見つめていた。
一つはジャック――であろう人。
それを特定できないのは先ほどまでは着用していなかった全身鎧に身を包んでいるから他ならない。
紫の色を誇るように日の光を反射するあまりにも重厚なその鎧は、明らかな魔術の光をその装甲に宿し、ギラギラと輝いている。
ではあとの三つは?
石のような肌を持つそれはぱっと見、石でできた人形――ゴーレムのようにも見えた、ただ、目の前に居るテンプスはそれが明らかに人間であることを理解していた。
『風の
そして、石のような肌は地属性の魔術だ。肌を石の様に固くする魔術があることを聞いたことがあった。
それは獣だった。
猿と狼――この顔には見覚えがあった――そして、おそらくは鷹。
どこかで聞いたことのあるような、それでいて何一つあっていないようなその三つの影をしげしげと眺めてから、思い到る――これは獣人だ。
彼らには普段生活する体とは別に『獣としての姿』がある、同じように獣のような姿の魔族との最大の違いはここだ。
おそらく、彼らはその『獣としての姿』でここに来るように言い含められていたのだろう。
そうして、彼らはここに居る――本来、部族の仲間にしか見せられない姿を使ってまでだ。
その光景を見た観客席は大いに混乱していた。理解して言うのはおそらくジャックと――テンプスだけだ。
「僕一人に四人がかりとはずいぶん大盤振る舞いですね?」
「いやなに、君みたい凶悪な殺人犯を野に放てないだろう?ここできっちり首輪をつけとかないとね。そのための装備さ。」
「装備?」
「そうさ――これはゴーレムだからね。」
「ゴーレム?」
なるほどそう来たか。
予想外の方向に攻めてきた事実に笑う。
つまり、この男はこの状況をすべて装備の一言でかたずける気らしい。
「その防具は?」
「これかい?プロテクターが特別製でね。僕の意志に応じてこうなるんだよ。説明しなかったかな?」
されていない――と言うか、学校指定のプロテクターにそのような機能はない。
鼻で笑いながら審判に目線を送る――その視線に気がついたのか、あるいは単なる言い訳か、彼は当たり前のように告げる。
『すべて事前に申請されている――それに本大会は根本的に『外の世界に出た際の有事』に対して対応することを想定して行われており、明文化されたルールはほぼない。それを思えばこの件は何らルール違反ではない。』
この大会の明確なルールは少ない――と言うか、一つだけだ。武器は登録されていて、かつ最初から持ち込んでいる物に限られる。というただそれだけ。
ただし、これが大会というものである以上、「こうするべきである」という明確な規範に近いものはある。
明文化こそされていないが、『観客席からの魔術的支援は許されない。』であったり、もっと単純に『開始の宣言をする前に相手に攻撃を加えてはいけない。』というものであったりする。
確かにこの大会は現実に即した動きをするために作られたものだが、同時に対外的に学校の力を示す、あるいはこの学校はこんなに良い所ですよ言うプレゼンの舞台でもあるのだ。
ゆえにやってはいけないことはあるはずだった。
例えば――戦っている最中に突然申請していない防具を身に着ける。とか。
例えば――自分のお供を装備と偽装して連れてくる。だとか。
例えば――会場の外から、魔力と身体能力強化の魔術による支援を受けるとか。
彼らに許されているのは当然だが「訓練」で済む範囲のことである。彼の行為はそれをあまりにも逸脱している。
「え、いや、あれは……?」
「おいっ!余計なことを言うな!」
「黙って見ていろ。他の連中もな。次に声を出せば一生まともに食い物が噛めなくしてやるぞ。」
観客席は困惑と失望とそれを隠そうとする敵意に満ちている。
「おい審判!!貴様、よほどその目は節穴らしいな!その粗忽者にゴーレムなど扱えるわけがなかろう!やはりその目を引きちぎってやる!いらんのだろう!?やるぞ、いいな妹!」
「――いいわ、この際だしやってしまいなさいな。」
「良いね、ついでに口も縫い合わせてやろうか。」
「あんまりやりすぎるなよ?」
「い、いやいや、さすがにそれはまずいって!」
弟たちの友人の物と思しき叫び声とそれを咎める教官の怒声を聞きながら、テンプスは誰ともなしに口を開いた。
「行けるとこまで行った方がいいかな。」
誰の耳にも届かないだろう一言は、しかし風に乗って表れた言葉によって返答された。
「お好きにどうぞ?最後には勝てるようにしてるんでしょう?」
どこか呆れたような声を聴いて苦笑する。
「もうちょい心配してくれてもいいんだけど。」
「貴方を?この程度で?まさか!」
「信用されたもんだな……」
苦笑しながら剣を構えなおす。
さて――これを乗り越えれば完全勝利だ。
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