笑えよ
会場は騒然としていた。
「――何がどうなってんだ?」
「なんであの「魔力なし」が……」
「あの魔剣のせいじゃねぇのか……?」
「そうにちがいねぇ!なんて卑怯なやつだ……」
「……?でもそれだと、家宝の魔剣を遣ってるジャック先輩は?」
「……はっ?いや……それは……?」
混乱していた。
あまりにも――理解できない。
何故?が頭を埋め尽くす。
何故、自分たちはこの学園の勇者とでもいうべき男は地面に伏している?
何故、あの男の持つ伝家の宝刀とでもいうべき魔剣が用をなしていない?
何故、あの出来損ないが――公的に貶められる側だったはずの男が英雄に土をつけている?
理解できない――混乱が頭を痺れさせて彼らを無感覚と困惑の境に置き去りにしようとしていた。
「――すごい!すごいぞ!見ろサンケイ!ほんとに強かったのだな義兄上は!」
「すごいさらっと失礼なセリフ吐きましたね貴方……」
そう言ってはしゃぐ――いや片方は当然だと言わんばかりに見ているが――二人の少女を見つめて苦笑いしているサンケイだったがその心中は決して穏やかではない。
『――っくそ、何であんな強いんだよテンプス!お前モブだろ!?剣教わってた時とおんなじスペックでボコるなよ!』
そう、転生者である三渓司からするとこの状況は決して好ましいとはいえない。
何せ彼からするとテンプスの存在は邪魔なのだ。
確かに彼の計らいでマギアは自分に魔術を教えてくれるようになったが、それにしたってごく限られた時間で、それ以外はほとんどの時間をテンプスと過ごしている。
三渓からするとこの状況は許しがたいものだ。ゆえに彼はこの試合で彼が鵜残に負けることを望んでいる――今のところ、うまくいく兆しは見えないが。
『まずい、計画が……いや、いやいや、問題ないって、あの戦術もあるし……鎧ナシならあれで確実に……?』
背筋を走る悪寒が計画の失敗を示しているようでひどく気分が悪かった。
床に倒れ伏した男を見下すようにテンプスが視線を向ける。
足の裏の腱を切り裂くように突いた一撃は、彼の軸足である右足の動きを大きく阻害し、側頭部への剣の腹での一撃は軽い脳震盪を起こさせるだけの威力があったはずだ。
証拠に、彼は体を起こそうとしているのにうまくいかないのか、体をじたばたと揺らすがうまく立てていないようだ。
ゆっくりとした動きで相手に近寄る――この大会、完全に相手を無力化するまで試合が止まらない。
さて、完全に気絶させようと体に力を込めた時、ふと気がつく、彼の中に流れる魔力のパターンの変化を、これは――
「――しゃぁぁ!」
いつのまにやら左手に持ち替えていた剣が、下段の低さでテンプスを襲う。
回復の魔術だ。
おそらく観客席から放たれたその力で、彼は自分に負った怪我の全てを回復させたらしい。
先ほどと同じか……さもなければそれ以上の速度で放たれた斬撃をテンプスは――
「――フッ!」
――オーラの刃で止めた。
ジャックの顔が驚愕に染まる――完全な不意打ちだったはずの、それも最大の火力だった一撃を、片手持ちと両手持ちの差こそあれど、完全に防いで見せたテンプスはジャックの人生には存在しなかった存在だった。
『――いっってぇ!』
テンプスは内心で叫ぶ――やはり、魔力込みの筋力相手に多少オーラが操れる程度の無能力者が装備なしで受けるのはまずかった。
両の手がしびれ、軽く握力がなくなりそうなのを耐える。
『やっぱり、鎧でもないと、魔力とマジでやりあうのは避けた方がいいな……』
そっと手を振りながら改めて剣を構え――その剣を後ろから放たれた魔術に向けて振りぬいた。
バチンッと突然空間に音が響き、彼に向かって不可視のまま進んでいた麻痺の魔力が空間ではじけた。
『ちょっとタイミングずれたな……パターン3か、新人が撃ったな。』
本来ならば、先ほどのジャックとの同時攻撃に使うための物だったのだろうが、ジャックのタイミングに魔術師が合わせられないがゆえにこうなったのだ。
後ろからきていただろう、魔術発動の合図を見たのか聞いたのかしたジャックは喜んで自分の体が硬直する瞬間を待っていたようだが――いつまでたってもそんな現象は起こらない。
どんどん、ジャックの表情が曇っていくのが分かった。
彼が行ったのはごく単純な行動だ。先ほども語った通り、彼の持つ刀剣はオーラで作られた刀身を持つ。
そしてオーラは『魔力を阻む』、結果として彼の持つ剣は『魔術をはじく』。
魔術とは根本的には『特定のパターンの魔力によって構成された術だ。』そして、彼はそのパターンを剣の動きで崩すことができる。
結果、彼は『魔術を破壊できるようになった』のだ――無論、これを行うのにはそれなり以上に難易度が高い。
鎧と異なり攻撃そのものが防げるわけではないため、もしも当たってしまえば効果を十全に受けることになるし、一瞬のうちにパターンの最ももろい部分を見抜く能力も必要になる。
――ただ、彼はそのどれもがあったし、時計が使えない場合に備えて、この手の武器が一つあったほうが安心できた。
何より――これの方が恰好がいい。
馬鹿な理由に聞こえるかもしれないが、今回はこの外連味にあふれる機能が必要だった。
鎧を使うわけにはいかなかったし、何より、『純粋に負けるジャック』を見せるためにはこの機能は必須だ。
時計の機能を使わないなら、彼は魔術に抵抗できない。という生来の欠点を抱えたまま戦う必要があるのだから。
「――何です、先輩?そんな驚いた顔して。」
表情から笑顔が完全に消えたジャックの前でテンプスは冷めきった視線で見下ろした。
その目は、まるで路端の石を見るように無感動で、冷たい。
そして彼はあざ笑うように告げた――
「――どうした?笑えよ。ジャック。」
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