『警告!テンプス・グベルマーレにペナルティ!以降、ペナルティ3回で失格とする!』


「――はぁ?」


 一部の席がざわつく。


 当然だ。今の流れで何もペナルティに当たる行為、つまり反則は行われていない。


「な、なぜだ!おい、そこの審判!貴様の目はどこにある!いらんならえぐるぞ!いつ!どこで!なんの反則をしたというのだ!言ってみろ!!」


「落ち着きなさいよ。」


「いやしかしだな妹!」


「先輩に恥かかせるの?」


「む?」








 今回はこっち毛色で来たか。


 テンプスは理解する。


 あの日、魔術を躱す自分を見て、この男は魔術が自分に効かない可能性を考えたのだろう、実際、それは正しい。


 今の彼には時計がある。


 使用状態ではないので、今は無用の長物だが彼らにはそれは分からない――それに、わかったとしても意味がないような仕掛けは一応してあるのだ。


 ゆえに彼らはこういった方向で攻めてきたわけだ、まさか審判を味方につけてるとは恐れ入る。


『テンプス・グベルマーレ。その出来損ないの玩具で殴るとは何事だ、剣を武器として登録したならば剣を武器として使え。以降、登録されていない武器での攻撃は禁止とする。恥を知れ。』


 そう言いながら見下してくる相手に、一応物申しておく。


「あー……一応、記載欄には『多目的決戦用可変兵器』って書きましたけど?」


『――なに?……ふむ?ではその可変機構とやらを見せよ、その可否によってこの判断を決定する。』


「……」


 まずいことになった。頭をかく――できればやりたくないのだ。


「――どうしたできんのか?」


 嫌らしい笑みの教官が告げる――その顔は、自分がそのような兵器を持っていないと確信したものだった。


 ゆっくりと溜息を吐く――できるなら、もう少しこちらの形態でしばいてからにしたかったのだが。


『不可能なら、この決定を確定しさら虚偽申告によるペナルティ――』


 バチンと何かがはじけるような音がした。


 瞬間、教官は心臓に冷い水を流し込まれる感覚を初めて味わった。


 


 どのような操作をしたのかは不明だが、その手にあったあの出来損ないの柄にのだ。


 まるで水晶の輝きを持つ水の様に煌めくその刀身はジャックが持つ魔剣と比べても遜色がないほど美しく、力強く見えた。


「――これでいいですかね?」


 鎧と同じ機構にて集められ展開されたオーラの刃を眺めてから首をひねり、自分の獲物に指をさすテンプスに教官の罵声が飛ぶ。


『そ、そのような魔術の道具の使用は――』


「申請書類に書けばいいって聞きましたし、そもそも魔術道具を見る不正チェックは四回受けましたよ、ついでに言うなら――あちらの魔剣は明らかに魔術の道具では?」


『しかし、それでは公平性を――』


「じゃ、公平に両方の武器取って素手でやります?その場合さっきの動きでわかる通りかなりその――そちらに不利ですけど。」


 そう言われて教官が黙る――実際、そう見えたのだろう、腐っても教官だということか、戦力の換算ぐらいはできるらしい。


『――その武器の使用を許可する!仕切り直しにつき、位置を直して再開!』


 大声を張り上げる――結局ペナルティについてはそのまま続行らしい、まあ後2点溜まる前に倒すので問題はないが。


「残念だったねテンプス。あと少しで俺に追撃できたのに。ルールを破るのがいけないんだよ。」


 などと笑うその顔は恥辱と苛立ちで赤黒い。


『なんかあれだな……ゆでたタコみたいだ。』


 これで髪の毛をそればまんまタコだ――などと考えながら痛罵を返す。


「そうですね、相応の報いは受けるべきだ――貴方もそう思うでしょう?」


「もちろん。モラル、常識、規則。これが俺のすべてだ」


「結構ですね。なら楽しみだ。」


「……何がだ?」


「契約の履行――ルールは守るべきだ、そうでしょう?」


「……」


 顔の険しさが増した――今更になって、自分との契約の内容を思い出したのだろうか。


「……ああ、君が勝てば――きっちり守ろうじゃないか。」


「楽しみにしてますよ。」


「――ホザケ!」


 叫びと共に銀閃が走る。


 望まぬ主に仕える哀れな魔剣がその能力をいかんなく発揮し、恐ろしいほどの威力と速度でもってテンプスの喉笛を狙う。


 それはジャックの拙いながら全力の肉体強化と魔剣の能力が乗った一撃だった。


 防御はかなわない。


 防げば並みの剣ならば折れ、防御越しに致命的な損傷を与えるだろう。


 テンプスはその一撃をほんの半歩後ろに下がることで無力化した。


 それに気を良くしたのか、あるいは何かしら彼の琴線に触れたのか、「うぉぉおお!」と叫び、体をぐるりと一回し、加速をつけた剣を放つ――が、放つその時、彼は気がついた。


『いねぇ!』


 何時の間にやら、テンプスが目の前から消えている、自分が彼から目を離したのは1秒弱、そのタイミングで一体どこに――


 次の瞬間、体が勝手に動く、魔剣の作用だ。


 恐ろしいほどの速度で足元に向かって振られる魔剣は――しかし、一発の斬撃を防ぐことができずに空を切った、足元に鋭い痛み、足に力が入らずにがくりとひざが落ちた。


 斬られた!と思った時には側頭部に鈍い痛みを感じて、体を横倒しにされていた。


「……やっぱり素手でも行けたな……無駄に心配させたか。」


 と、どこか申し訳なさそうにつぶやく声が、どこか遠くに聞こえた。




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