実力


『……テンプス・グベルマーレ。ふざけているつもりか?』


 審判の教官が鋭い目を向けてきた。


 まあ当然だろう、明らかに剣を作る途中の出来損ないをこの学園きっての出来損ないが武器として出してきたのだ、そう聞きたくもなろう――あいにく、テンプスにそのような意図は一切ないが。


「ふざけてませんよ。このまま始めてください。」


『………ハァ』


 呆れた教官が「なにがあっても知らん」とため息をつく。







「――まぎあ、何あれ。」


 観客席でサンケイはひどく動揺した声で尋ねた。


「新兵器らしいですよ、名前は――フェーズシフターとか言ってましたね。」


「ふぇ……?いやあれどう見ても、出来損ないの剣の柄……」


「そう見えるのならそうなのでは?実は私もあの武器のことはよく知らないんですよね。」


「――マギア、あれはどういうことだ!」


 後ろからの怒声に煩わし気に顔を向ける――そこに居たのは大方の予想通り、フラルだった。


 オニのような形相で詰め寄ってきた彼女がマギアの前で止まる。


「信じろというから来てみれば――あれはなんだ!」


「新兵器らしいですよ、名前はフェーズシフターとか言ってましたね。」


 そうあっけらかんと言うマギアにフラが詰め寄って揺さぶる。


「違う!そんなことを聞いてるんじゃない!あの人はあれで何をするつもりだ!」


「何って――」


 聞かれた少女は心底不思議そうに答えた――


「――勝つんでしょう?そう言ったじゃないですか。」


「勝つって……できるわけないだろう!あの人はこの学園で一番――」


「――私が信用する人ですよ。」


 言葉を奪うようにマギアが続けた。


「――あの人があれで勝てるというなら、あの人は勝ちます。少なくとも、私はそう信じました。それでは不満ですか?」


 そう言ってこちらを見つめる瞳の冷たさに、絶句したフラルの耳にどよめきが届いたのはその時だった。





「その柄で僕と戦うのかい?なんというか……舐められたものだ。」


「僕を警戒させられるほどの実力がご自身におありになるとお考えで?」


 心の底から不思議そうに言えば、彼の顔が再びゆでだこの様に染まる――相変わらず、健康に悪そうな怒り方だ。


『では、試合始め!!』


 教官が開始を叫ぶ。


 同時に、ジャックが何時もの様に大股の一歩でもって間合いを詰めた。


 得意の大上段が来る、と、相手が思う時に刃はすでに殺傷圏内だ。


 相手は防御することも回避することもできずに頭を叩き割られて沈黙――あとは嬲ってやればいい、いつものパターンだ。


 笑みがこぼれる――とうとうこの目障りな虫が目の前から消え――


『――えっ?』


 


 剣を振り下ろし始めて体重が完全に前側になるというタイミングで敵を見失った。


 初めての現状に戸惑うジャックのすきを突くように腹部に鈍い衝撃と――思考に閃光が奔る。


『―――ぁ――?』


 一瞬何が起きたかわからなくなる、白く染まった視界がはれた時、そこにあったのは地面に振り下ろされた剣とえぐれた地面だけだ――あの生意気な下級生は?


 そう考えるのと二度目の閃光がほとんど同時だった。


 腰のあたりに再び感じた鈍い衝撃に声を出すよりお早く思考がまたしても白く染まる。


「ぷぎぃ」


 どこかから聞こえた妙な音が自分の口から出たとジャックが理解するのはずいぶん後だ。


 がくり、とひざが崩れる、白く染まった思考は無感覚にそれを眺めて――後ろからの衝撃で前のめりに倒れた。


「………」


「………」


「………」


 世界が静止していた。


 この学校の誰もが――否、二人を除いてほとんどの人間が、一合で敗れ去るだろうと思っていた。


 何時もの様に――あるいは去年の様に無残にぼろきれのようにされると誰もが思っていた、望んですらいたかもしれない。


 が、現実はこうだ。


 剣術部に崇拝され女子に憧れられ大勢の奴隷を引き連れ、まさに学園の英雄、勇者とすら呼ばれた男が初撃を失敗し転倒させられた。


 こんなこと、今までなかったろうに。誰もが信じられないという顔をして、情けなく口を開いている。




 実際、これは復習を志すタロウにしても予想外だ――あの剣は不意打ちだろうと防げるはずなのだ。


 あの剣はしんぴのちからによって動き、持ち主の手にある限り不可思議な力でもって未来を読んだように相手と戦う剣だと、渡された際に聞いていた。


 ゆえに、彼もこの現実が受け入れられない――何が起きているのかわからなかった。




 だが、テンプスから見ればそれほどたいしたこともしていない、居円の内に組んであった傾向と対策が功を奏しただけだ。


 なるほどあの魔剣は便利な剣だ、魔力によって体を強くし、独自の感知能力で相手の動きを感じて最適な動きを取る、反撃し、敵を討ち取る――が、強化しても元がダメなら十人並だ。


 反射の動きは強化されてもそこそこに域を出ない――少なくとも、館に居た魔族騎士二人と比べれば雲と泥だ。


 また、持ち手の体を動かす関係上人体に不可能な動きはしてこない――これで、剣の方が空でも飛んでいた暁には少年ははなっから全力を出すほかなかったが、そこは運がよかった。


「これなら素手でも七割は行けたな……」


 少し見積もりが厳しすぎたか……と、鼻を鳴らして倒れ伏すジャックを見下ろす――まるでさきほどまでの構図が逆転する瞬間のようだった。

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