終わりの始まり
『これよりN ブロック予選を開始します。出場選手は前へ。』
「頑張れ、兄さん。」
「応援してますよー」
「気の抜ける応援だな……ああ。行ってくる」
ひらひらと手を振って、会場に足を踏み入れる――両の腰には新装備、体はいつもの制服、多少の防具はついているが、胸にはいつも通りの時計が起動されずに入っている、問題ない。これだけあれば自分は軍とだって戦える。
このブロックには剣術部の部員が半数。レギュラーが3人。その他諸々の強豪が揃っている。でも、エリクシーズたちはいない。
これもまた剣術部優遇の証であった。
行ってしまえば、このブロックはすでにジャックの――剣術部上位勢のために組まれたもので、剣術部だったら適当に戦って降参を繰り返せば楽に決勝まで進める八百長みたいなものだ。
それゆえに、他の強豪はいない。『その他諸々の強豪』も基本的には隠されているが剣術部が身内に居るか、友人である。
敗北を決めた剣術部は、このうらぶれた剣豪にもう一度栄光を掴ませるための踏み台になるためか、もしくは来年に部の上位になるがために勝利を献上するかのどちらか。
『……悲しくなるな。』
これが強豪の実態だ、甘い汁で人を吊り、自分たちの権威を維持するために人を貶める。
『下らねぇし』
ステージに足を踏み入れた20人の隅に、テンプスが並ぶ。周りの剣術部はニヤニヤと、うすら寒い――いやもっと直接的に気道の悪い笑顔をしながらテンプスを嘲笑している。
いいさ。笑ってろ。あとで後悔させてやる。
『――以上、20名によるトーナメント戦を開始します。では初戦、両名前へ。他の選手は控えへ』
壇上の教官の指示に従い全員が動く。
テンプスとジャックだけが残り、睨み合った。
「よく来てくれたね。俺の奴隷となるために」
「奴隷になるつもりは今のとこありませんよ」
「ふふっ、みんな最初はそうやって強気でいるんだ。でもね、すぐ気が変わると思うよ?最後にはこう言うんだから。奴隷にしてくださいって。そうしたらきみも、剣術部の仲間入りだ。」
「僕に嫌がらせした挙句、ここに来るのを止められなかったゆかいな仲間たちの?それは楽しみだ。」
鼻で笑うように返した挑発は思った以上に目の前の男の尊厳だかを傷つけたらしい。
一瞬で地でも噴出したのかと思うほどに顔が赤くなったジャックはしかし、それでも、ゆっくりと呼吸をして精神を落ち着けようとしている。
傍らを眺める――ジャックがこのステージに上がるというっただそれだけの好意で大半の2、3回生が頭を下げて道を譲っている。
その中でも異彩を放つのはお供みたいに武器まで担いでいる者の存在だ。見れば、レギュラーにもそうしている男子がいる。軽く数えただけで30人くらい。
つまり、彼らが奴隷というやつだ。
なるほどテンプスは今日にいたるまで彼らはてっきり自分たちの意志であれをしているのだと思っていた。
彼の調査とて完ぺきではない、狙う対象のその取巻きの取巻きのことまでは調査が甘くなる部分がある、そこに存在するのが彼らだ。
何かをかけてこの男に戦い――破れてここに居る。
なるほど――と、彼は思う。
こんなものを、自分の名をかたって見せられたのなら、毒なんて手に出る気持ちも分かるな……と。
そうでなくとも、この目の前の人品賤しき剣豪はいくつもの人道的な罪を犯している――公表しただけで、人間悪首が飛んでしまうようなことだ。
『――全部終わりにしよう。』
この男の生んだ悪夢も。
あの少女のやりきれない悲歎も。
弟の友人たちのやりきれない怒りも。
――あの復讐鬼の自分を燃えつくしてしまうような慚愧の念も。
その上でほんの少し我がままを言っていいのなら、自分の去年の雪辱も共に。
『ではこれより、3回生ジャック・ソルダム対2回生テンプス・グベルマーレの試合を始める。両者、構え――』
テンプスが知らない教官――いや、知っていたような気がするが名が出てこない――が叫ぶと、ジャックは訓練用の剣ではなく、華美な装飾の剣を鞘から抜いて構えた。
その刃はまるで波打つように波紋を持ち、誰の目からみてもわかるほどの魔力を秘めていた。
魔剣『ノーネーム』
いつかの日の友誼の証は、今日も簒奪者の手の中で悲しく輝いている。
片刃の刀身、全体を覆うような鍔、バスタードソードのような両手持ちも片手持ちもできる柄。
なるほど、東の国の特徴の色濃い武器だ、去年の段階で気がつけてもよかったなと、頭のどこかでそう考えた。
歓声が沸き上がる。ジャックを崇拝する剣術部員。ジャックに好意を寄せる女子生徒。そう命令された奴隷たちが。
テンプスも構えた。次の瞬間、ドッと声が溢れた。
嘲笑する。ジャックを崇拝する剣術部員。ジャックに好意を寄せる女子生徒。そう命令された奴隷たちが。
「ギャハハハハハハハハッ!!」
「なーんだ、あれ!」
「馬鹿じゃねぇの!?刀身がねぇじゃねぇか!!」
「おいおい!武器を買う金もなくて柄だけで戦おうってのかぁ!?」
実際、その武器はあまりにも不思議な代物だった――本当に柄しかないのだ。
持ち手はある、ひどく不格好に見える幅広の鍔もある、おそらく刀身を納めるのだろう柄から伸びた突起もある――だが、刀身がない。
これが彼の秘密兵器の正体だった。
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