フェーズシフター

『――――Mブロック初戦!3回生ザッコ・テンボ対1回生サンケイ・グベルマーレ!試合開始!!』


「おぎゃああああああああ!!」


『しょ、勝負あり!!』


 審判を務める教官が試合開始のゴングを鳴らした刹那、ステージでけたたましい悲鳴が炸裂。


 叫んだのは相手の生徒だ、空中で綺麗なきりもみ回転を見せている。


 噂では補欠入りもできない万年剣磨き、実力のある後輩たちにも舐められまくってる3回生の面汚しなどと言われているらしい生徒だ――明日からは下級生に負けた男とも呼ばれるのだろうか?


 剣を振り上げながら突っ込んできたところに、魔力会をぶつけられてのノックアウト、見せ場はおろか特に何をしたわけでもない一幕はあっけもなければ印象も残さずに終わった。


 すでに開催式は済んでいて、トーナメントは始まっている。弟の試合でも見るかと歩いて来たテンプスは控室の前で合流したマギアと共にその光景を見ていた。

 ちなみに面前の少女は予選1回戦目を快勝というか――――相手の棄権で終わらせた。どうやら剣術部の同級生の男子らしく、勝ち目がないって怯えて諦めたらしい。なるほど、英断だ。


「お疲れ。」


「お疲れ様です。打てるようになってましたね、『魔力放射』」


 下がってきたサンケイを二人の人影――テンプスとマギアが出迎えた。


「あ、うん、いや、疲れてはないかなぁ?」


 そう言って困った顔をする――まあ、引くほど呆気なく決着がついているところを見るに、そりゃ疲れもしないし、語ることもない。


「あー……そうね。」


 それが分かるだけに、兄としても何を言っていいかはわからない。


「まあ、いいじゃないですか私としては割と満足ですよ、私が教えた術も使えてますし。」


 そう言って割と興味なさげにマギアが話しを打ち切った――本人的にはサンケイが自分の教えた術をそこそこ扱えていることに満足したのだろう。


 マギアがサンケイに術を教え始めたのはあの館の一件以降だ、自分の家に居候しながら彼の住む叔母の下宿にいき、魔術を教えていたらしい――それならあそこに泊まればいいのにと何度か思ったりもしたが。


『ま、本人がこれがいいって言ってんだからいいんだろうな。』


「このまま進んで……ついに次のブロックだね。」


「ああ」


「……マギアの前でこんなことを聞くのはどうかと思うけど、勝算は?」


「あるよ。」


「何割?」


「素手でやっても5割、そうじゃないなら――まあ、ここの学園の人間が全員的にでもならん限りは勝つよ。」


「すごい自信だね……あの時計とか言う装備?」


 探るような物言い、引っ掛かりがないわけでもないが、それは無視した。


「あれは使わんよ――あいつがよほどルールを犯さん限りは。」


 それはある種の矜持の問題でもあり、同時に計画の関係でもある。が、それを弟には伝えない。巻き込まれると面倒だろうと兄は思っていたし、成功するなら――驚かせてやりたい。


 たまには弟を驚かせたいのだ、兄として。


「――フラルがさ、ずっと心配してるんだ、だから――」


「勝つよ。」


 そう言って彼はゆっくりと自分の持ち場に歩き出す――いよいよパーティの時間だ。





「準備はいいですか?」


「ほどほどにだ、少なくとも実験はできた。」


「不安なこと言いますね……ちゃんと寝ました?」


「ここ最近では珍しいほどに」


 実際、事が終わった喜びか八時間はたっぷり寝た、人が思うよりも体調はいい。


 そう言うテンプスがそれでも胡乱な視線を向けられるのは――まあ、その前に一日徹夜したからだろう、仕方なかったのだ。思ったよりうまく事が進んだのでちょっとテンションが上がりすぎたのだから。


「……しっかし、その、剣?……何回見ても異様ですね。戦えるんですかそれ。」


 通路を決戦の舞台に向かう途中、マギアがテンプスの腰から提げた見ながらを指摘する――もう四回は言われていることだ。


「付属品がギリギリになったから数が少ないが……これ単体でもそこそこ行けるよ、折れず曲がらず、いい剣さ。」


 そう言いながら、彼は自分の腰から下げたもう一つの物体――四角形の入れ物を叩く、彼の腰の『何か』を強くするためのであり、それは今回使われる予定のない装備だった。


「付属品?」


「今回は使う予定のない物だ――ま、アイツが何もしてこなければだが。」


 そして、これを準備して持ち込んでいるのはそれが起こりうる可能性は十分あるだろうと考えてのことだった。


 それが分かっているのだろう、胡乱な顔で彼を見つめたマギアはそれでも何も言わずに彼に言う。


「で、それ、なんていうんです?」


「何が?」


「昨日言ってたでしょう、その武器に名前つけると……忘れたんですか?」


「ああ……」


 そう言えば、勢い余ってそのようなことを口走った記憶もあるな――と考えた彼は指をこめかみに当てる。


「んー……本来は『多目的決戦用――』とか長々続くが……うむ、なんか名前つけるか、わかりやすいの。」


「いや、無理につけなくていいですよ、話題変えたかっただけですし。」


「名前……」


「聞いてないなこの人。」


 歩きながら考えていた少年は、選手用の入り口手前でふと思いついたように顔を上げて――


「フェーズを一段上げるための装備だから――」

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