最後の準備

 石板から滴が流れる。


 下に置かれた受け皿に流れた液体は熱せられているのだろう、湯気を立て、受け皿の中になみなみとたまっていた。


「――これがうわさの材料ですか?」


 そう聞く後輩の声に振り返ることなく、テンプスが答える。


「そうだ――この後こいつを冷やして固めて、色付けて外装の形に加工する。」


「ほうほう――なんかすごいことしてる割に、最後の方力技ですね。」


「本当ならもっといろいろしたいが……正直時間がないしな、今回はお試し版だ、この件が終わったら、きちんとしたを作るよ。」


「ああ、そうなんですね。」


 そう言いながら、無色透明の粘度のある液体のような『素材』がたまった受け皿を見る――これが、彼が言うほど岩城とはとても思えないが。


「疑ってるな。」


「そりゃ多少は、私、これ見たことないわけですし。」


「ま、そりゃそうだ……」


 言いながら、彼は彼女に向かって一塊のガラスのようなものを投げ渡した。


「?なんですこれ。」


「昨日試作で作ったこれのちっこい塊だ、壊してみ」


「ふむ……」


 手の中の結晶塊を眺める――ガラスにしか見えないがガラスのような冷たさはない、なるほど、別の物質だ。水晶に近い気もするが……


 物は試しと地面にたたきつけてみる――壊れない。


「ほう……」


 面白そうに眉をひそめて指を動かす。


 体の内側にうごめく魔術円を動かし、結晶を浮かせて手の平に乗せる――破損は見られない。


「ほー……」


 眺めていた彼女がおもむろに指を鳴らし、手の胃らの上に炎を生み出す――結晶塊を乗せたまま。


 バチバチと焼ける結晶塊を眺めながらにやにやと笑うかのじょw 魔女でも見るように眺めながら、テンプスは疑問を口にする。


「――で、頼み事は終わらせてくれたか?」


「ええ、両方とも、『旅行』の方はともかく、『人探し』の方は少々難航しましたよ。」


「あれ、あの位置に居なかったか?」


「いたんですけどね、容姿が変わってて、見つけられなかったんですよ、スラムの道で倒れてるところをようやくです。」


 それを聞いたテンプスの顔が曇る。


 決してしたくない想像だったが、自分の思考が導いたパターンはやはり正しかったのだ。


「……やっぱ独自に逃げてたか。」


「ええ、あの家の内定が進んでないのはそのせいでしょう。」


「引き渡しは?」


「つつがなく――なんかちょっと疑われましたけど。」


 そう言ってマギアが顔を顰める――思い出しても腹の立つ連絡員だった。


「あー……まあ、二連ででかい事件にかかわったからなぁ……」


「だからってこんなかわいい子相手にあんな視線向けなくてもいいでしょうに、失礼な人ですよ。」


「やー……しょうがないだろう、実際問題きみ、不法入国に不法滞在だぜ?」


「む……まあ、そういった側面があることに否定はしませんが。」


「積極的に肯定してほしいとこだな。」


 そう言いながら、テンプスはなみなみとたまった受け皿の中身を慎重に作ってあった型に移していく。


「てことはもう細工は流々?」


「少なくとも、現行で彼が逃げられないんだろうなと思うだけの包囲はされてますよ。」


「実行日は?」


「くしくも一週間後――大会当日です。」


「……朝一で令状が届いて、騎士が集まって……ここまで……一気に突っ込む……昼か。」


 大雑把な計算で自分の『援軍』到着タイミングを計るテンプスにマギアが同意する。


「準備して急いでここまで来て、そのままの勢いでここに来るなら、まあ、正午ですかね。」


「ちょうどいいな、そのころには試合は終わってるだろう。」


 そう言って上半分の型に流し終えた『素材』を下半分に流す――少し足りないだろうか、あとで上下の接合と柄をつなげるのにも使うのだ、もう少し増やそう。


「むぅ……」


 そう考えるテンプスの後ろで、焼き続けた結晶塊が壊れていないことを確認したマギアが思わしげな声を上げる。


「ホントに頑丈ですねこれ。」


「じゃなきゃ此処まで必死に作ってないさ。」


「そりゃそうですけども、っていうか、これ、間に合うんですか?」


「間に合わせるよ――只、たぶん、起動実験は一回だけだな。機能は大丈夫だと思うが強度がな……本来なら、何回か試作したかったが……多少ぶっつけになる。」


「持つんですか?」


「理論上は。ただアイツが何の罠仕込んでないとも思えん。ま、一試合持てばいい。あとはまあ、適当でいいさ。」


 そう言いながら最後の型に素材を流し込んだ彼はそれを眺めながら告げる。


 実際、彼はこの大会でいい成績が残したいわけではなかった。


 彼にとり、この学校の中での立ち位置にそれほどの意味はない。


 それでもここまでしているのは――結局、あの男が許せないからなのだろう。


「……ま、信じてますよ、何とかなるんでしょう先輩?」


 そう言ってからかうようにこちらを見る彼女の目に宿るのは信頼の色だ――ここまで、ずいぶんと人に助けられてきた。その相手がこちらを信じているのなら。


「――もちろん、これでもあいつの兄貴だ、任せろ。」


 そう言って笑った――いよいよ、学内武闘会が始まる。




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