発見
「――古い海図ですか。」
「ええ、どの辺にありますかね。」
「どれぐらい前の物でしょう。あんまり古いとここにもないかも……」
「どのくらい前までならあります?」
「そうですねぇ……千年以上前の物は存在しません。」
「900から800年ぐらいで考えてるんですけど……」
「ああ、それなら……後で研究個室に持って行っておきます。」
「どうも。」
そう言って司書の机から離れたテンプスはゆっくりとした足取りで研究個室に向かった。
あの12時間睡眠の翌日、教員からのよくわからない自慢交じりの説教を乗り越えて、実技の時間を気配を消して剣術部から隠れることでやり過ごしたテンプスは、何時もの様に追いすがって来る剣術部の追跡を振り切って大図書院に居た。
大図書院はこの学校内でここ最近のテンプスがゆったりとできる数少ない場所だった。
ここはある種の非戦闘地域だった。
それはここにある貴重ない資料の汚損はいくら何でも隠しきれないという剣術部側の思惑でもあり。
同時に司書の彼女の存在を重く見ている事でもあった。
以前にも語った通り、この学園でマギアを除けば最も魔術の腕が立つのは彼女だ。そして、彼女に勝てるような腕の立つ剣士は剣術部には存在しない。
要するに、彼女が怖いのだ。
ここは彼女の聖域だった。本を読み、本をめでることに心血を注ぐ彼女はここで毛筋ほどの傷でも本に負わせよう物ならその実力を行使し、その相手を瞬く間に制圧してしまうだろう。
『おかげさまで、僕はずいぶん楽させてもらってるが。』
そうおもいながら県境個室のドアを――
『――おっと?』
何時ものパターンで何時もの様に開けようとした扉に感じた違和感に眉を顰める。
「……」
ゆっくりとノブを眺める――下部分に針。
『扉を開けないなら罠にはかからないってやっと気づいたか。』
彼が研究個室に仕掛けた『罠のパターン』は複雑怪奇だ。正直、仕掛けた本人であるテンプス以外にこれを解ける人間がいるのかわからない程に。
効果も絶大であり、扉はマギアをして『なんでこんな固くしたんですか?』と言わしめる強度になり、無断で開く人間には非致死性の硬直効果を持った光によって対象の動きを食い止めることができる。
が、この罠にも弱点はある――扉を開けなければ機能しないことだ。
扉そのものに触れるだけなら、異様に頑丈な一枚板でしかない。
ドアノブに触れても同じことだ、破壊は剣術部にはできないだろうが、触っただけで致命的な何かが起こるわけではない。
「思ったより時間かかったな……まあ、僕としては助かるが。」
そう言いながら、彼はノブの下から針を取り外す。
周りに何か塗られているのではと警戒もしたが――そうでもない。
『こういうとこは学生並みだな……』
魔女の館に居た連中ならここに何かしら仕込んでいるだろう、やりやすいのはいいのだが、この程度ならやらない方がいいのではないだろうか?
『そうもいかんのか、アイツの実家の関係もあるしな。』
そう思いながら部屋に侵入する。
部屋の中はいつもと変わらない、何時もの様に一人で、何時もの様に机の上が散らかっている。
机に座る、ゆっくりと天を仰いだ。
『とりあえず移動はマギアがどうにかできる……あとは僕が見つけあれるかどうかか、まあそれは海図の正確さ次第だな。』
そして最後に残るのが――
『材料か……もう適当な獲物持って出て捨てるか?素手でやったほうがまだ……いや、さすがに魔剣相手にそれは無理か。鎧越しならどうとでもするけど……』
出来れば使いたくない。
あくまでも自分は生身であれを倒す必要があるのだ。
『でもなー……平凡な武器……たぶん持たないよなぁ……絶対細工されるし……』
彼の脳裏にあるのは彼が作り上げようとしている兵器の強度の問題だった。
彼が今作ろうとしている武器は剣の形をしているが実質的には剣ではない、『兵器』だ。
携行可能で、それでいて固く丈夫な――『兵器』だ。
『普通の剣を強化しただけで魔剣と打ち合うのは不安だ。』
明らかにもたないだろう――何せ、あの魔剣は幾星霜の時間の中でなお、切れ味を維持する名刀だ、この大会のたびにあの男が家から引っ張り出してくる『ノーネーム』と呼ばれる魔剣は、タロウ何某さんの話が正しければ、彼から奪われた友好の証の一振りだろう。
厚顔無恥にもあの男はそれを自分の物だと信じて振るっているわけだ。
『ちょっとした改良じゃ持たない、どっかで確実に折れる。』
いわんや、それが何かしら細工の施された剣であるのなら当然だろう。
故に必要なのだ、誰にも自由にできない、テンプス・グベルマーレの『兵器』が。
『でも材料がなぁ……』
結局そこに行き付く、マギアにはもう結構な重労働を頼んでしまった、この上、さらに資料探しを手伝えとはとてもではないが言えない。
『……どうすっかなぁ……』
体を投げ出して考える――体を支える力も思考に回したかった。
ガコン
と音がして、研究個室に備え付けられた郵便物の集積口に彼の望んだ資料が届いたのはその時だった。
椅子から立ち上がって、資料を受け取る。
海図が数枚に――何やら古ぼけた本が一冊。
『――?なにか頼んだんだったか?』
首をかしげながらその本の表題を見る――見覚えのある本だった。
『――爺さんの本か。』
これを書いたのはテンプスの祖父だった。
まだ祖父が元気に街を歩き回っていた時に出版された本はなるど、あの祖父らしいユーモアにあふれた代物だった。
「――ん?」
そんな本を眺めていた彼の目に一枚の紙が移ったのはその時だった。
『お疲れ様です。以前資料をあさっていたら見つけたのでどうかと思ってつけておきました、研究頑張って。』
と書かれたその字はどうやら司書の物らしい。
『……そんなに気にされてたのか。』
少し意外だった、ほかの生徒たちよりも親しいつもりはあったがそこまで気にかけられているとは思わなかったからだ。
「……ありがたく。」
本に向かって頭を下げる。誰かの好意が純粋にうれしかった。
もう読んだ本だったが、気分を新たに読めば何か発見があるやもしれない、そう思いながら本を開く――そして三十分後、彼はとびあがって喜んでいた。
とうとう、彼は自分の計画がうまくいき始めているのを感じられたのだ。
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