ある事実
「――そこまでは分かりましたけど、それが潔白とどうつながるんです?」
首をひねったマギアは疑問に満ちた表情をしていた。
確かに、この話が直接的にあの一家の凋落につながるようには思えないだろう。
「んーまあ直接は関係ない、無関係でもないが。」
「はい?」
じゃああの話なんだよ寝ぼけてんのか?と言いたげな視線を受けて苦笑したテンプスは「違う違う」と手を振り。
「――やる事としては簡単なんだよ。」
「ほんむ?」
「要はあいつが――あの一族が盗人である証拠があればいい。」
自分で入れた、他人の買ってきた茶をしばきながらの一言。
「ふむ、というと?」
「根本の話をしよう、タロウ何某さんは大昔、オーガに襲われている村々の話を聞いてそれを征伐に行った」
「ほい、お話の通りですね。」
「そう、で、最終的に鬼とは……まあ、和解?した。その時に彼は『奪われた宝を彼に託した』。」
「って話でしたね。」
「つまりだ、『あの家の財産は基本的に盗んだもので構成されている』わけだ、まあ、はるかかなた昔の話ではあるが、これが問題だ。」
「まあ、どこまで行っても盗みですからねぇ。」
茶をすする、この暗い部屋で二人で椅子を囲んですることが他人を貶める計画だというのだからいよいよ色気のない話だ。
「そう、この時、奴は『盗まれたという届が出ているであろう物を盗んで、国外に逃げている。』」
「ですね、大移動してますし。」
「そう、で、この話の肝はそこだ――ここまで派手に逃げるとな、こいつ、「国際手配犯」になるんだよ。」
「ほう、そんな制度が。」
「そう、国際法院ができてからだからまだ新しい制度だけど、これは『過去の犯罪であっても、犯人が死亡していた場合でも』罰則がある。ま、大体は書類に名前が残るぐらいだが――」
こと、これが大規模な窃盗であった場合話が違ってくる。
「これな、窃盗の場合『相手に金銭の支払い義務』が生じるんだよ。特に、売りさばいたりした場合に生じる利益で金銭を得てる場合はな。」
「ほう!」
マギアの声に面白がるような響きが加わる――この少女、相手が悪人だとナチュラルに不幸を喜んでもいいと思っている節がある。
「つまり、この件もそうだと。」
「うん。」
「いいじゃないですか!……ん?それ、金髪の偽物についての話関係あります?」
「ある、盗人は金髪ではありえないからだ。」
「……ああ、貿易がないんでしたっけ。」
「そうだ、貿易がなく、船すら通ったことのない東の国にこの国の人間が紛れ込むわけがない。」
「つまり――」
「あの国の人間が犯人である証拠だ、国際法院を動かすならこれでないといかん、この国の方に任せるとどうなるのかわからん――デルタの奴が言ってた通り、いくらでも逃げられるからな。どこに居るのかわからんと国際法院も探しにくいし、その間に僕の周りに被害があると困る。」
思い返すのは憎き魔女の父親が語っていた言葉。実際問題、この手の人間は逃げ出す先などいくらでも用意出来るのだ。
ここで完全に消えてもらう必要がある――いいかげん奴らの天下も終わるべきだ。
「あー……なるほど。」
煩わしげに眉をひそめたマギアも逃げられることの問題を理解しているのだろう、実際、魔女は彼女が長年探してもいまだに一人しか見つかっていない。
「それにまあ、ここまでやれば、とりあえず、タロウ何某さんの名誉は晴れるだろう、今の世の中で悪人でいるのは難しいからな。ただ――」
「む、なんか嫌な予感。」
「いい話ではないな、これ、相手から被害の届け出がいるんだよ。」
「あー……厳しいですね。」
「そう、ほとんど寿命で死による。」
これがこの作戦の最大のデメリットだった。
『動く理由がない』のだ。国際法院は訴えがなければ動けないがその訴えがない。
「大問題じゃないですか。」
「大問題だなぁ……まあ、方法はないでもない。」
「ほう?」
「一つは先祖の物であることを説明して、子孫に頼むって手だ。これはまあ、正攻法だな。」
「いいですね。」
「ただまあ、これも問題はある。」
「えー……」
「仕方ないだろ、昔すぎるんだよ。」
言い訳じみたセリフはしかし真実だ。
いくら何でも事件その物が古すぎる、生きている人間はおらず、国や大陸すら形を変える。
「む、まあそれはそうですね、で、問題って?」
「被害者の子孫をどう探すのかって手段がない、あと、単純に『被害者が事件当時生きてる保証がない。』」
テンプスの言にマギアがはたとしたように顔を上げた。
「――オーガの襲撃。」
それは大抵の人間にとって死の宣告に近い。
強大なオーガによる攻撃はたいていの家屋を粉々に砕き、塀や壁も意味をなさない。
「そう、徹底的に壊したとしたら何人死んでるのかわからん。」
その一言に考え込んだマギアは数瞬後顔を上げて一言。
「……あやしいですね。」
と答えた。誰でも行き付くだろうセリフだった。
「だろ?それに、これで文句言ってたら、もっとひどいのもあるぞ。」
「えっ。」
「そもそも、盗んだ現品がまだあるのかさっぱりわからん。」
「あー……」
そう、この案はかなり穴だらけな作戦だ――と言うか、そもそもで言うなら作戦ですらない。
「じゃあどうするんです?」
「……考えてるが思い付かん、いっそ、タロウ何某さんの転生体に被害届出させるか?」
「無理でしょう、転生自体そうある事じゃないですし、信じられませんよ。」
「うーん……」
そうなってくると難しさは上がる。
「んー……なんか現物としてあるものがあればいいんですけどねー」
「―――待った、ある。」
「おっ?」
「それも多分『一番衆目に触れてるのが』――ある。」
思い返す――大会にどうしても勝ちたい奴が持ちだすだろう、そそれをあれは――
「――マギア、頼みがある。」
「――はい、なんなりと。」
そう言って微笑む少女は悪魔のようにも、天使のようにも見えた。
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