推論

「――大体わかった、これ多分相当やってるな?」


 資料とそれにまつわるマギアからの一連の話を聞いたテンプスは顔を顰めながら訊いた。


「おそらくは?」


 呆れたようにマギアが答える――声に嫌悪がにじむのもやむおえない事実だった。


「……どうするかな……?」


 自分で入れた茶をしばき、視線を上に向けてから悩むようなしぐさを見せたテンプスに、マギアは何に悩んでいるの枷核に言い当てて見せた。


「ああ、さっき言ってたもう一人の復讐者さんですか。」


 細かい以上は話してはいない、自分が話すべきことでもないだろう。

 ただ、転生してる人間の魂をどうこう出来るのは彼女だけだ、である以上、タロンのことに関しては語っておく必要があった。


「そうだ、そっちのことも考えるとできたら家ごと潰したい。」


「それはその復讐者さんに任せるべきでは?」


 不愉快そうに言う――実際、自分が復讐を他人にやられるのに抵抗があるのだろう、あの魔女の時でさえ、最後の封印を行ったのは彼女だ。


「そうしてやるべきかもしれんが……そんだけ好き勝手にしてて、本当に全く気がつかれないなんてことあると思うか?」


「あー……黙認されてる?」


「少なくとも父親の方はしててもおかしくはない、あれは裏切った奴の直接の子孫だ。」


 別に血を継いでいればみんな悪人になるというつもりもないが……あの英雄に関する秘密をひた隠しにしている連中だ、何をしていてもおかしくはない。


「何か仕掛けてくると?」


「十中八九な。弟やら叔母さんに迷惑を掛けたくないし、これ以上敵を増やすとたぶん手が足りない。」


「まあ、先輩これ以上詰め込むとパンクしますもんね。」


「無理すれば行けるさ、しないと……ちょっと厳しいな。」


 そう言って肩をすくめる、目の前の少女の三白眼は見ないふりだ。


「まあ、理由は分かりました。で、どう攻めるんです?はるかかなた昔のことでしょう、今更、罪の証明なんて無理では?」


「……タロン・ソルダムって偽物使ってんだよね」


「ほう?」


「昨日忍び込んだときに応接室で見た肖像画は金の髪だった――が、タロウを落としたのは間違いなく「黒髪」の男だ、金髪の奴はその当時東の国におらんからな。」


「ああ、貿易がないんでしたっけ。」


「そうだ、向こうとの貿易開始は今から384年前だった。確実に向こうに金髪の船員はいない。」


「ふむ、なるほど。」


「でだ、おそらく、タロン何某さんはこの国で商売を起こすとき『自分はこの国の人間ですって言ったはず』なんだよな。」


「ほう、なぜ?」


「来歴を知られたくないから。」


「?でも、逸話は全国で知られてるんでしょう?」


「それは軌道に乗ってからの話だ。軌道に乗るまでは探られたくないさ、この宝物どこから持て来たんですかって聞かれたら一巻の終わりだ。」


「倒した鬼から奪ってきましたって言えばいいのでは?」


「じゃあ何で、『縁もゆかりもない国にわざわざ苦労して持ってきた?』、そんな英雄なら自分の国に戻ればいい。忘れるなよマギア、「あっちの国に金髪がいないならこっちの国にも完全な黒髪はいなかった可能性があるんだぞ」。」


「あー……」


 ブルネットこげ茶色程度ならいるだろう、だが完全な――それこそ夜の空のような黒髪はほとんどいないだろう。あれは東の国の人間の身体特徴だ。


「たぶん、そこから足がつくのが嫌だったんだと思う、交易がほとんどなくても、自分は渡ってこれた、だとしたら他にもできる奴がいるかもしれないし、自分が騙した連中が自分と同じ方法で追ってくるかもしれない。」


「ああ、その時はまだ、オーガは全滅してないんでしたっけ。」


「そうだ、取って返して自分と同じように海を渡られたらと思ったんだろう、まあ、実際はそれほど暇じゃなかったのか追いかけてはこなかったわけだが。あの手の奴ならそこまで考えてもおかしくはない。」


「小心者で意地っ張り?」


「ついでに小狡い。」


「あー納得です。」


 げんなりと一言。あの先輩のわずらわしさは彼女にも十二分に伝わっている。


 一息。


「で、タロン何某は自分の素性を隠して利益を奪うことにしたんだと思う。」


「それで代役?」


「そうだ、たぶん、向こうでやってたみたいに後ろ暗い連中にわたりでもつけたんだろう、で、商売を始める段取りを整えた。」


 護身用の魔剣もあるし、そうでなくとも利益にさとい裏の住人にほかにどこにもない宝物を一つ二つ渡せば自分を手伝ってくれる者なんていくらでも見つかっただろう。


「ふぅむ、まあ納得はできますね。そうでもないと事業なんて急に始められないでしょうし。」


「だろう?で、その時、痛い腹を探られないように第っ役を建てた、それが初代の肖像画の人物だ。そして――」


「タロンは隠れておいしい蜜を吸ってたと。」


「たぶんな、で、有名になってきたタイミングで奪った逸話をばらまく、その時、細かいデティールは話さない――。」


 実際、今伝わっている逸話には『どこの国のどこの場所』という話が出てこない。ただ漠然と『老夫婦が住んでいた』という始まりで語られる。


「でも、生家の話とかでないんですか?」


「それこそ金で買ってしまえばいい、若い夫婦二人ならいくらだって雇えるだろう。」


 そう言って茶をすするテンプスを眺めていたマギアが合点がいったと手を叩く。


「――だから桃なわけですか、から。」


「たぶんね、東の国からきてるから、たぶん仙桃の話も知ってたんじゃないか?箱だと箱を見せてくださいって話になるけど食ったもん見せろとは言えんからな……」


 まさか、糞してるところを見せろとも言えない。うまい手ではあった。


「で、その後、タロンは嫁を取ったんだろう、たぶん剣がうまい家の娘とかを。そして子供を産ませた。」


「だから子供の髪の毛はみんな金。」


「母親の方が血が濃かったんだろ――まあ、納得はできるな。」


 所詮は盗人でしかないのだ、母親よりも深く受け継がれるようなものはなかったのだろう。


「ただ、それだと、タロンの息子が代役の息子じゃない証拠なくないですか?」


「家系図を見たが、明らかに早死にしてる当主が何人かいた――たぶん、髪の毛の色が「」んだろう、母方の髪色じゃなく、父方の髪色になったんだ。」


「あー……金と金から黒は生まれないから。」


「殺していなかったことにした、一応家系図に名が乗ってるのは――たぶん、髪が生えそろう前に記載しちまったんだろう。」


「……いよいよ終わったお宅ですね。」


「自分の利益のためなら人だって殺すんだ、これぐらいするさ。」


 そう言って鼻で笑ったテンプスも、決して好ましい気分ではなかった。


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