馬鹿な人
目の前で立ち止まる、すっかり疲れきった体は疲れか薬の影響かグッと年を取ったように見える。
「鏡、見てないでしょう、ひどい顔してますよ。」
「いつもそれほどたいした顔じゃないさ。」
そう言って笑う。疲れ笑顔だ――薬の効果で表面には出ていないが、顔色だってそれほど良くはないのだろう。
「死人みたいになってます――心配ですよ。」
「――でも……これは僕が始めたことだ、あの男を煽って、ここまで来た、やめるわけにはいかない。」
そう言って彼女を見る姿はやはり少し縮んで見える――疲れているのだろう、あの魔女の一件の時と比べると明らかに。
それも当然のように思えた、彼は今、自分一人が狙われる状況を作っている。
剣術部に追われ、脅迫状の相手に追われ――彼女はタロウのことを知らないのだ――遅々として進まない作業と戦いながら、一人で情報まで集めている。
他の生徒に被害が行かないようにだ、自分をつぶすことに心血を注いでいる間はほかの生徒に手出しができないと考えた。
明らかにオーバーワークだった。
「だったらさっきも言いましたけど――頼ってくれればいいでしょう?最初よりすることが増えて手が回らないなら、手伝ってくれって言えばいいですよ。」
言いながら、彼には無理だろうと思った――自分もそうだが、一人でいることになれていると、とっさに人の手を借りる選択肢は出てこない物だ、疲れていれば特に。
「……君には君の役目があるだろう、それにこれ以上狙われるのは君の生活に――「大丈夫です。」――」
かぶせるような一言は力強く、決意に満ちていた。
「あなたみたいに言いますけど――信じてください、私は九人目の聖女の最後の弟子、あの人に育てられた「魔法の継承者」です、この程度のこと、何とかしますから。」
一瞬虚を突かれたようにテンプスの顔がぽかんとした。
何を言われているのか咀嚼して――少し、目を瞑った。
次に目を開けた時、彼は先ほどより幾分かましな顔で「わかった」と答えた。
「――ちょっと寝るよ。朝日が昇ったら起きるから。」
「はい、それまでは私が見てますから。」
「――ん、よろしく……」
彼は最後、自分が何といったのか、なんと言われたのか正確に記憶していない。
その時にはもう、泥のような眠りに巻き込まれて眠っていたからだ。
「ホントに馬鹿な人……」
倒れるように眠ったテンプスの体を抱えて、マギアはそっと笑う。
「気持ちはわかりますけど……そんなに無理したってどうにもならないでしょう?私に言ってくれれば今からだって全部更地にしてあげたのに……」
まあ、それを望む人間でないことは間違いないが。
「ホントにおかしな人」
心底思う、ここまで頑張る必要などないのだ、あの決闘もどきを受けたのだって、本来彼に必要な事ではないのだ。むしろ逃げ場をなくすのだからするべきではない。
自分にあの男に攻撃させないため、自分の弟に何か一つでも被害が及ばないようにああした。
「ホントに面倒な人。」
そのくせ、この男はその事実を認めないだろう。
自分の因縁だと語って、決して譲らないはずだ。
あの魔女の時も、結局自分を助けたように彼はそう言う人間なのだ。
「本当に……かわいい人。」
ゆっくりと魔術を使って、彼の頭を膝に移す。髪が目にかからないようにそっとなでるその姿は言葉の通りの慈しみを含んでいた。
「ナニコレ。」
――十二時間後、久々の睡眠を終えたテンプスは自分の後輩から手渡された物を寝ぼけた目で眺めた。
結局、彼は朝までには起きられなかった。
というか、起こしても起きなかった。
昏々と眠り続け、睡眠時間が半日を記録したころ、悪夢にうなされるように跳ね起きた。
当然だが、学園は休みだ、明日学園でどのようないちゃもんをつけられるかわかったものではない。
たった一日の休みで出場を取り消しにするようなことはないだろうが、化け物の首でも取ったように剣術部が騒ぎ立てるだろう。
が、これに関して誰かを責めるつもりはなかった。
勝算があってやっていたことだが、それでも著しい無理には違いがない――どこかで破綻する危険はあったのだ。
そんな彼をマギアは「まあ仕方ないでしょう」と慰めとも、投げやりなだけとも取れる一言で流して、これを渡した。
それは何かの書類が入っているであろう、紙のファイルだ。
見覚えは――ない。
「最近のソルダム一家の調査資料だそうですよ、アネモスさんからの預かり物です。一応読みましたけどよくできてました。」
言いながら足を延ばしている――どうやら自分は彼女の膝の上で爆睡していたらしい、申し訳ないことをした――マギアはあっけらかんとそう言う。
「えっ、いやいや何してんのあの子。」
それでは自分が一人で相手の注意を引き付けている意味がない。
そう思って抗議の声を上げれば、それを予想していたような双子の怜悧な声を真似したマギアの一言が飛んできた。
「「あんまり舐めないでください」だそうですよ。」
「――あー……はい、すいません。」
言われて思い到る、彼女だってあの現場にいたのだ、姉ほど明確ではないが別に怒っていないわけではない。
何かしてやりたかったのだろう、自分の目の前でひどい目にあった少女のために。
それを邪魔する権利は自分にはないな。と、テンプスは意識を変える。
「で?どうだったんだ?」
「どうとは?」
「中身読んだんだろ、君のお相手については何かわかりそうか?」
「んー……たぶん、家自体はそれほどがっつりあの魔女と狩らんでなかったのかもしれませんね。」
「ほん?いゃあ……君には無駄足か。」
あくび交じりに一言。
「そっちではそうですね、ただ――あの家についてはちょっと面白いことになってるかもです。」
「――ほう?」
眠い頭を振りながら、テンプスはゆっくりと立ち上がる――想像以上に快適な目覚めだった。
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