限界
「――糞が、また見失った!」
「どこに消えてんだよあの野郎……!」
「人数を増やそう!でないと追い詰められん!」
「無理だ!評価挽回のために薬学実習室の機材無断使用の件で警備の応援に行ってるの知ってるだろ!?そうでなくてもボイコットする奴がちらほらいるのに!」
『……三十二人で打ち止めか……』
屋根の上から反対の路地に降り立ったテンプスは、歩きながら考える――いよいよ人数が頭打ちになった。
あの復讐者とあってからすでに四日が立っていた。
それまでに諸々の調べは済ませていたがソルダムの家に侵入出来たのはあれ一度きりだ。
『もう一回行かんとな……っ!』
頭痛と胸の痛みに顔を顰める――いよいよ無理がたたってきた。
『とりあえず今日は巻いてるし――いったん家帰って資料をあさろう、どっかに代替品があるはず……』
そう考えてゆっくりと歩き出す――その姿は林地でお受けたようにボロボロに見えた。
薄暗い地下室、夜の闇と冷たさの中で、ひっそりとテンプスは資料をあさる――今日もまだ、代替品の目途はついていない。
『……ないのか?ほんとに?あんな設備がいる物以外でできないのか?全部の遺跡や地域にあの装置があった?いや、そんなはずない……どっかに代替品があるはず……ああ、そうだ、今日もソルダムの家に侵入できるか試さないと……財務調査の書類やら現在の資産状況やら……ああ、過去の取引記録もいるのか、あと……あのたろうだったか……あいつの無実を証明する証拠も探せるなら探さないと……まったく、いよいよやる事が増えてきたな……!』
毒づく――いよいよ余裕がない試合まであと三週間もないというのにまだ装備ができていないのだ。
舌打ちと共にここ何日か世話になっている腰の薬に手を伸ばして――
「――それ、飲むんですか?」
「――!」
後ろからかけられた言葉に止められた。
「なんかすごい色してますけど」
誰にも明かしていない地下室の階段を下りてくるのはマギアだ。
「――まあ、ね、栄養剤だ、寝ないようにするとこうなるんだよ。」
「ふぅん?最近の栄養剤はベラドンナなんて使うんですか?」
「――知ってたか。」
「ええ、薬学実習室からこっそり出てくるのを見て、中を調べました。薬学の知識もあったんですね。」
「スカラーの受け売りだ、爺さんが見つけて来た資料は何もパターンや装置のことだけじゃない。」
「それ、体に毒でしょう?私にだって薬学の知識はあります。」
「寝なくて済むのはほんとだ、まあ、あとで少々反動が来るが。」
そう言った笑う彼は口で語るほど健康には見えない――むしろ、明らかに追い詰められて見える。
表面上は変わっていないように見える、ただ――雰囲気がおかしい。無理をしている。
「――そんなに、人を巻き込んだのが許せないんですか?」
「……」
そう聞かれテンプスは驚いたように目を見開いて、
「あの人とあなたの問題はあなたの間でだけ解消されるべきことなのに、私やほかの人を巻き込まれているのが我慢ならないんでしょう?」
「……違うよ、そもそも、大ごとになったのは君の事情もあるだろう?」
「それも、自分のせいだと思ってるんですよね。」
「!」
「自分に近寄ったから、私が嫌がらせを受けて、それを意にも返さないから私の友人が襲われてると思ってる。」
「――まさか、そんなわけない。」
「去年、自分のことだと思って剣術部の裏事情が調べ切れてないのも不満なんでしょう?あの時わかってたら、ドミネさんはこうはなってないと思ってるから。」
そんなことはない、どちらにしてもドミネはこの事態になっていた、これは事実だ――別にマネージャー募集はテンプスと一切関係のない部分で行われた事なのだから。
ただ、それで彼が納得できるかは別の問題だった。
「……違うって。」
「じゃあ、ここまでする理由は何です?」
「……理由……理由ね――」
答えられない、その通りだった。
自分がもう少し何かできていれば、あるいは、もっと強ければこんなことにならなかったのではないかという思いが頭から離れない――あのタロウとか言う過去の亡霊の話を聞いてからは特にそう感じる。
「自分と彼の間にあるべき問題そこでだけ治めるべき問題なのに、それに他人が巻き添えになっているように思えて、おまけにあの屑はほかの人にも手を出してる。調べる能力も止める力もあるから何とかしないといけないのに、うまくいかない。抱えすぎて、うまく手が回らないのが気に入らなくて、我慢ならない。」
そう言って彼女はテンプスに向かって歩く、彼女には彼の体が少しばかり縮んで見えた。
「それでも何とかしないといけないから、無理を承知でこんなものを飲んでごまかそうとしてる――何日寝てないんです?」
「……今日初めて作ったんだ、いよいよ、根を詰めないと「私が貴方の事見たの四日前ですけど。」――知ってるなら聞くなよ。」
「こうでもしないと言い訳を探すでしょう?」
「……まあ、そうだな。」
「で、いつから寝てないんです?」
「――あの一件があってからずっとだ、おかげでいろいろ進展はしてる。」
それはマギアからしても予想外の一言だった――もうすでに十日近く一睡もしていないことになる。
「飲むのをやめて寝なさい。」
「寝たら間に合わん、やらなきゃならないことが吐いて捨てるほどある。」
「なら私にでもサンケイにでも頼ればいい。」
「君には一回生のお守があるだろ、弟たちは――こんなことに巻き込むのもな。」
「でも、一人じゃ回ってないでしょう?」
「できてるだろ?薬は幸い大会が終わるまではある。この件が勝たずいたら寝ればいい。」
「薬で強引に体を動かすのはできてるとは言いませんよ。」
言い争い、というにはいささか相手のことを気にしすぎた舌戦はお互い譲るつもりがないように思えた。
マギアが一歩ずつ近ずく――止めようと思えない程度にテンプス疲れ切っていた。
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