裏付け

 ――古の英雄との歴史的かつ驚きに満ちた会合の翌日、司書と彼しかいないような朝焼けの中、いつもの研究個室で、彼は古い資料と睨めっこをしていた。


『……見当たらんな、ないのか……?』


 それは彼が自宅から持ち出した過去の資料だ。


 祖父が見つけ、調べ、精査して――残してくれた数々の英知。


 その中で彼はある物体を探していた。


『――頑丈で軽量、加工が簡単であること。要素にすればこれだけだが、そんな簡単には見つからんか。』


「とりあえず一試合持てばいいんだよな……その後は負けようが何だろうが良い訳だし。」


 彼が探しているのは彼の武器の外装――以前からずっと探し求めている素材の代替品だった。


 現状、それに最適だと思われる材料は彼の手元にない。


 作ることができないのだ、それを作るための設備を作るための材料がないから。


 それをどうにかするべく、彼は必死にその代替品を過去の記録から回収しようと過去の資料と格闘していたのだが――


『見つからない。』


 椅子に体を投げ出すように天を仰ぐ――あの英雄との約束のため、後輩達のため、何より、あの男を叩き潰すため、あきらめるつもりはない。


 オーガ殺しの英雄はあの説得の後「学内武闘会の一回戦が終わるまで」という条件付きの猶予を受けた――結局のところテンプスが負けてしまえば自分が奴を殺すしかなくなる。であるなら、あの男を自分の手番で止められるか試す許可はくれるつもりらしい。


 それは結構なことだ、


 が、いいかげん、この武器では無理なのかもしれないと思い始めていた――そろそろ、作成するための期間が足りなくなりかねない。


『今日で五日目……後三週間……作成期間としては不安が残るよな……』


「いっそ普通の武器に……いや、それだとあの連中何をすかわからんからな……」


 普通の武器ならば当てはあるのだ、それを多少強化するぐらいなら造作もない。


 が――それではまずい、ここまでやってくるような状況だ、おそらく、その武器にも細工しようとするだろう、今度はロッカー事破壊しかねない。


 そして、学内武闘会は一つだけ明確なルールがあり、武器は登録されていて、かつ最初から持ち込んでいる物に限られる。


 つまり、武器を持ち込めない状態にされると自分は素手でアイツに戦いを挑むことになる。


 一対一なら素手でも負ける気はしないが――何をしてくるかわからない以上、武器は欲しい。


 この研究個室や自宅はともかく、ロッカーにそこまでの防備は整えていないし、整えられもしない。


 どこかに置き続けるのは明らかに不安が残る。そうなると常に携行できるものであることが望ましいのだ。


『やっぱりこいつがいる――だが、どう作れば……』


 そこで、頭に薄い痛痒を感じたテンプスはそっと顔をしかめる。


 すでに何日も寝ていない脳が悲鳴を上げ始めているのが分かった。


 頭痛ともめまいともつかない頭の不調を感じたテンプスは、机の引き出しから小ぶりな壜を取り出し、中にある毒々しい紫の液体を飲み干した。


『……次は……地下に残ってる資料か……どれか一つぐらいかすってくれるといいんだが……』


 頸の力を抜いてだらりと体を投げ出したテンプスは普段お変わりのない天井を見つめながらそう思っていた。






 夜。


 音すら寝静まり、すべての輪郭をあやふやに溶かす夜の闇の中でなお、ソルダムの屋敷は煌々と明るかった。


 外周を回り警備を行う者達は皆卓越した技量を持つ養成校の卒業生だ。蟻の子一匹通さない――はず


 二人一組の警備が人のほとんど来ない物置の周辺警備をしていた時、異変は起きた。


「――おい、今なんか音したぞ。」


「ああ、聞いた――誰だ!」


 がさがさとこずえの揺れる音と共に何かの影が横切ったのを見た二人は意識をそちらに集中させ誰何する、ゆっくりと近づいて覗き込んだそのこずえにいたのは――


「――猫かよ」


「ふー……どうする?」


「放置もできないだろ、一応こっちで保護して門から逃がそうぜ。」


「そうすっか。」


 言いながら歩き去って行く影の裏側で先ほどまで空いていなかった窓がゆっくりと閉まった。





 埃臭い部屋に侵入した男は可能な限り埃を揺らさぬ特異な歩き方でもって音もたてずに闇の中を進む。


 結局、すべてはパターンだ、巡回のルートも、警備の仕方も――注意の払い方も。


 そして、はそれを崩す方法を心得ていた。


 まんまと侵入を果たした彼はゆっくりと部屋の中を漁り、数分して目当てのものを見つけ出した。


「家系図――やっぱり作ってはあったか。」


 いつだか話題に出たその古めかしい紙の束を丁寧に開く――目を通すべきは初代の名前。そして――


『――5代目9代目15代目……やっぱり何人かいるな「早死にした当主」』


 そうしてそう言った代の当主に限って剣の腕が悪い、当然だろう『先祖の血を正しく継承しているのだ』うまくなり様がない。


「となると……」


 次に彼が動き出したのは応接室だ――往々にして、貴族というやつはこういうところに歴代の当主の絵を飾りたがるものだ。


「――やっぱないな。」


 抜けている。


 5代目9代目15代目目の当主、その。ついでに言うなら初代だろう場所にかかっている肖像画に書かれている人間は明らかにこの国の人間だ、金髪に青い目――東の国の人間ではない。


『代理を立ててる。隠したんだな、自分の存在を。』


 しかし血は騙せなかった。


 隔世遺伝か、あるいは復讐者になった彼やそのお供の怨念がそうさせたのか


 腰から取り出した紫の液体を飲みほしながら彼は胡乱な顔でその光景を眺めていた。


『次は――!』


 警報。彼の想定より二分早い


「っち、どっかでベテランとかち合ったか。」


 舌打ちをする。


 とはいえ、時間がない中考えた適当な偽装だ。どうせいつかはばれるのだ――本来、ということぐらい。


 一応発見を遅らせるために新人が回るルートに猫を配置したが。それほど時間は稼げなかったらしい。


『今日はこれ以上無理だな……いったん戻って材料の資料でも漁るか。』


 踵を返しながら彼は先日に聞いた復讐者の言葉が真実であると彼の中で結論づけた。


「殴る理由がもう一つか……」


 いい加減積載過多になりそうだなと、少しばかりげんなりとして応接室から飛び出した。

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