拒絶

 血を吐くような独白を聞き終えたテンプスが思うのは疑問だ。


 これまでの話は衝撃的だったし、なるほどこの亡霊の恨みを強く感じる、動機も納得だ、あの男を殺したくなる気持ちも――彼がそれを行うかどうかはさておき――理解できる。


 だがわからないのだ――それが一体なぜ、自分に脅迫状を送る行為につながるのだ?


 この生徒の話において、自分はどこ一つかかわりがないように思えた――


「……なぁ。なぜ僕に脅迫状なぞ送った?」


 ゆえに、直球。


 この生徒の精神性なら、自分に答えをくれるだろうと期待してのことだった。


「――お前が危険だったからだ!」


「……はぁ?」


 相手から放たれた一言は予想外の物だった。


「お前は知らぬことかもしれんが、剣術部にはすでにお前を『再起不能にする』指令が出ている。」


「まあ、アイツならそれぐらいする――」


 違和感はない、あの傍若無人ぶりだ、気に入らない相手を攻撃することなど屁とも思うまい。


 そう思った彼にも耳に届いたのは予想外の言葉だった。


「――!」


「……はぁ?」


 テンプスは再び間の抜けた声を上げた――意味が分からない、剣術部に?自分が?狙われて?何がどうなっているというのだ?


「あいつの狙いはお前だ!!」


「……なんでだ?去年勝ったからか?」


「違う、お前が『断頭手』の息子だからだ。」


 それは父が周囲の人間からつけられた蔑称であり、同時に尊称でもあった。


 彼の父はこの国において、もっとも卓越した首狩り人だ、その切り口はなめらかであり、殺される人間の苦しみを長引かせることがない。


 そのあまりの剣の腕から彼は執行人の仲間内では尊称として、そして一般人から見れば蔑称として、『断頭手』と呼ばれることがある――が、それが一体、なぜ自分が狙われる原因になる?


「知っているだろう、あの男の父がどこに所属しているのか。」


「ああ、剣……何とか会だか何だか?」


「それだ、そこの人間としてあれの父が忌々しくもトップに立っている。」


「らしいね。」


「――そして、非公式にだが、あの男は『君の父に負けている。』」


「――ああ、そういや……御全試合前の調整訓練か、有ったなそんな事。」


 ようやく合点がいった、あの男が僕を狙うのは――


「親の顔に泥塗られた報復か……」


「違う、そんなに高尚な目的ではない。」


「あん?なら何で――」


 違った、ではなんだというのか?


 首をひねって避難がましく視線を相手に向ければ彼はひどく忌々し気に言う――


「――あいつはな、お前を消して『自分より剣の腕が立つ人間』を消したいのだ。」


「――はっ……」


 失笑が漏れた、予想外のことだ――あの男が自分の腕を認めているとは!


「なんで僕なんだ?弟だっているだろ?」


「お前も気づいているだろう?あの男にお前ほどの剣の腕はない。総合で見るならともかく、剣だけに絞れば『魔』。勝てない可能性があるのは――」


「僕だってか?ずいぶん買いかぶられたな。」


「――だが、俺も同じ考えだ、お前の剣の腕は見ている、お前が剣術部の主将なら、俺は何の不満もない。」


「へっ?……あー……うん、えー……ありがとう。」


 想定外のお誉めの言葉に顔が熱くなるのを感じた――どうにも褒められるのには慣れていない。


 要は、自分が父のようにならない様、先んじて自分より腕の立つ剣士を精神的にか物理的にか抹殺しようというのだろう。


 今まで見逃されてきたのは――


「魔術があるからか。」


「そうだ、お前は魔術でたやすく制圧できる。ゆえに、あ奴も無視していた。だが――何を焦っているのか、奴は突然お前に再び興味を持った。」


 それにはテンプスが心あたりがあった。おそらく魅了がらみだ。


 何かしら、彼は自分の術に不安を覚える物事があったのだろう、あるいはあの魔女から聞いていたのかもしれないが、いずれにせよ、あの男は自分の術に以前よりも自信が持てなくなってしまったのだ。


 だが、奴が行っていた数々の問題は、外にもれれば大スキャンダルだ。


 それを漏らさないための締め付けのために、つぶしてもいい見せしめが欲しかった。そのために自分の欲求と締め付け、両方を行える方法を見つけ出したのだろう。


「奴はお前が剣術部の人間になったら使いつぶしてやると豪語しておった、一年が使える共同の奴隷にするとすらな。」


「……人気になったもんだな……で、それから逃がすためにか?」


「そうだ、これ以上、俺の名で人の人生を穢させるわけにはいかん!奴にかかわるな!」


 そう言って彼は言葉を続ける。


「いいか、お前が棄権すれば次に当たるのは繰り上がりで俺だ。そこで俺が奴を殺す。それまで逃げろ!」


「どうやるんだ?会場鬼は修練用の術が張ってある、致命傷になっても死なんぞ。」


「あの術の大会で奴叩き潰したのち、奴の体に呪毒を打つ、これで奴は舞台から降りれば即座に死ぬ!その後は――」


 それは――なるほど、高貴な意志と言えるものだった。


 つまり、彼は自分が犠牲になってこの一件を治めるというのだ。


 確かに、奴との契約はそれでご破算だ――いかんせん主になる相手がいないのだから。契約は履行不能だ。


 もし計画が完遂されれば、彼は自分が語った通り、自害し、あの男の転生者の魂を冥府に連れて行くのだろう――自分と共に。


「なるほど、話は分かった。」


「そうか!では――」


「――断る。」


 その言葉は、目の前の復讐者に負けず劣らずの決然とした響きで世界に響いた。

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