遠い遠い昔の――

 問題が起きたのは帰りの船でだった。


「俺は元より、奪われた財貨を取り戻す腹積もりで島に渡った。ゆえに、少々大きい船を借り受けたのだ、鬼を倒し財貨を持ち帰るためと言えば造作もなかった――そこにあいつがいたのだ。」


 憎々し気に代わる表情が、彼の心境を表していた。


「帰りの船は宴会だった。町々に帰すための財貨を積み、自分達こそ英雄であると船員の顔も明るい。いい宴会だったと思う。」


 まあそうだろう、一大スペクタクルだ。自分が逸話の登場人物になれたと知れば喜びもひとしおだったことだろう。


「俺は島での話を聞かせた、酒で気が大きくなっていた――警戒するべきだった、船員の一人がこちらを邪な目で見ていることに気がつかなかった。」


 供された食事を楽しみ、彼が寄った体を覚まそうと甲板に出た時に事件は起こった。


「一人の男が近づいて来た、すぐに船員の一人だと分かった、男の俺から見ても美男だった、そいつは俺に話しかけてきた。」


『酔われたんですか?』


『そうだ……酒はあまり飲んだことがなくてな。』


『そうですか、でしたら――』



 ――じこがおきてもわかりませんね?――



「そう言って、あの男が――タロン・ソルダムが俺を海に落とした!」


 気がついた時にはすでに海の中だった。


 いくら十人力の力があっても寄った状態で暗い海に投げ捨てられてはどうしようもなかった。


 もがいて浮上しようとしたが――無理だった、水を吸って重くなった服は体を縛り上げて、彼の体を暗い海の底に沈めた。


 お供達はえさに毒を混ぜられたらしい、いかにオーガと渡り合うほどの勇気の持ち主も、毒の前には無力だった。


「奴は、宝を奪って小舟で逃げた。「無数に物を詰められる巾着」が返却物の中にあったのが災いした。奴はそれに財貨を詰めて逃げた。」


 声のトーンが落ちる。つらい記憶に耐えるような声音だった。


「俺は死んで――魂だけになった、無念だった、あきらめられなかった、幽鬼のように死からまろび出て――知った。」


 自分がはめられたことを、お供が死んだことを、そして――


「――奴らは俺が持ち帰るはずだった宝物を使ってあの海運事業を起こした、俺から奪った宝で!人から奪った宝で!返されるはずだったのに!」


 怒り狂って叫んだ、まだ未明で、ここが郊外でなければ警邏を呼ばれていただろう。


「それだけではない!あいつ――あの男は、島に襲撃を掛けたのだ!」


「――ほかの宝物を狙ってか。」


「そうだ!俺が話したせいだ!あの男は島に魔術の道具があることを知った!」


 それは彼が起こしてしまった悲劇だった、少なくとも彼はそう信じている。


「……どうやった、軍勢でもいたってのか?」


「違う!あいつは――俺の代理人を名乗ったのだ!」


 鬼たちは疑わなかったという、疑わずに彼らを供して――お供達と同じように殺された。


「恨みの声が聞こえるようだった!俺は……俺は!」


 それが怒声なのか、嗚咽なのか、テンプスには判断がつかない――あるいは、彼本人にもついていないのかもしれなかった。


「あの一族はその後、あの島にあった宝具・宝飾を使って剣術を磨いた――ふりをしていた。」


「ふり?」


「あったのだ、奴が盗んだ宝具に『ひとりでに敵を倒す剣』が。」


「――家宝の魔剣か。」


「そうだ!霊刀『花散らし』、花が舞うように敵を切り裂く天下の宝剣だ。」


「なるほど、「不敗神話の脇では常にある剣」か。」


 それはあの家の歴史の上で重大な問題には必ず名が現れる剣だ。


「そうだ――俺が、友好のしるしともらい受けたものだった。」


 苦渋に滲む表情が、それがどれほど彼に痛手を与えたのかを物語っていた。


「その力を使い、奴はその地位を上げた――俺のすべては奪われた、あの男の先祖に!」


 ここで、初めて彼は納得がいった、あの逸話が不完全に見えたのは――


『奪ったからか、こいつから。』


「だから剣術部に入ったわけか。」


「そうだ!奴を狙う機会を待った、だが……だが、もはや許せぬ、アイツは――じぃとばぁからもらい受けた名で、俺の!俺の名で!偽りの成功を得ている!挙句、あいつは、ほかの人間に手を出した!俺の名を使って!うら若い女子を手籠めにしようとした!」


 それは『驚くほどの正義感と義侠心を持ち合わせた好漢』であった彼には許されない屈辱だったのだろう。鬼灯のように赤くなった顔がそれを示している。


「許すわけにはいかない!俺が、この手で!奴の息の根を止める!」


「――あれはあんたの復讐対象じゃないぞ?」


「同じだ!俺にはわかる!あいつだ!タロンだ!あの体にいる!」


 なるほど、どうやらこの男は相応の確信があってあの男を狙っていたらしい。


「あの男を殺す、大衆の面前で!二度と青の尚を名乗れぬように!二度と姑息な手になど出れぬように!」


「……殺しても死ぬのはジャック・ソルダムだろう、タロンだか何だかは霊体になって逃げるぞ。」


「かまわん!その後で俺も死ねばいい!あいつの魂ごと冥府にわたってやる!二度とは逃がさん!もう他の人間に手出しはさせん!」


 それは決然とした叫びだった――本心からそうすると思っていいる人間だけが発する、そう言う声だった。

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