桃源郷から来た男


 ――ひどく昔の話だ。


 今から800年かそこら昔、ここからは遠く、誰も知らないような東の国で、ある老人と老女がいた。


 翁は細工物で生計を立て、老婆は家事全般を取り仕切っていた。


 ごく平凡でつつましい生活、そんな状況が変わったのはある朝の事だったらしい。


 その日、何時もの様に川に洗濯に向かった老婆は川から流れてくるあの物体を目にした――箱だ。





「待て、箱?」


「そうだ――桃が川から流れてくるはずがなかろう?」


「……まあ、確かに。」


 言われると、納得するしかなかった。





 その箱を老婆は家に持って帰ったそうだ、なるほど、その箱はかなり出来がいいものに見えたし、老女からすればそのまま流す理由もなかった。


 それを神の恵みだと確信した老婆は帰ってきた老人と二人、箱を開けて――中に入っていた子供に驚いた。





「――待て、あんた箱に入ってたのか?」


「そうだ。」


「……なんで箱に?」


「知らぬ、知る機会はなかったし、知りたいともおもわん、俺にはじぃとばぁがいればよい。」


「……なるほど。続けて。」






 この老夫妻には子供がいなかった。単なる時の運か、あるいは何か別の理由か。彼らは子供を欲していたがその願いはかなわなかったのだ。


 そんな二人の前に現れた子供を、二人は愛情深く育てた。


 彼らの子供はその不思議な出自が示すように不可思議な力をもって生まれた。


 十人力の力を持ち、病気をせず、驚くほどの正義感と義侠心を持ち合わせた好漢に育った。



「自分で言うか?」


「周りから言われておった事よ……正直、過分な評価だとは思う。」



 で、成長した彼はある時、近隣の村々をオーガが襲っているらしいことを耳にした。


 それを聞いた子供はこれをどうにかする必要があると感じたらしい。両親であった老夫妻にこれを伝えた。


 老夫妻ははじめ反対したが、最終的には折れて、彼に旅支度を整えてやり、送り出したらしい。




「ひどく泣かれたよ。」


「だろうな……普通、オーガ退治なんて一人で行くもんじゃない。」


「だが俺にはできる、確信があったのだ――根拠はなかったが。」




 そうして、冒険の旅に出た彼は道中で犬、サル、雉を仲間間に加えた。




「どうやって?」


「ばぁからもらった団子だ、俺を育てだしてから、実りがよくなったそうでな、こさえてくれた。」


「愛されてたんだな。」


「ああ……今でも思い出すよ。」




 山を一つ越えて、あらくれる海を越え、彼は鬼の居城にたどり着いた。




「あ、旅の話は特にねぇんだ。」


「ない。というか話すようなことがなかった。」


「そっか。」




 鬼岩島。


 そう呼ばれていたらしいその島には実際数多くのオーガが住んでいた。




「そこまではよかった、ただ――」




 見れば見ただけおかしな光景だった、オーガが――普通に農作業をしていた。


 可笑しい、こいつらは悪逆非道のオーガだったはずだ。てっきり奪った宝物や食事で酒宴でも開いていると思っていた彼はそれが理解できぬまま茫然とそれを眺めていた。


 その鬼たちはせっせと畑を耕し、種を植える順番を決めていた。




「ってことは何か――オーガは善人だったと?」


「基本的にはな。だから――」


 彼は、オーガ達の前に姿をさらした。


 賭けだった。


 彼らが自分の見た通り、善良な存在ならば、自分は殺されないだろうと。


 そう考えた彼はオーガ達の前で武器おいて彼らの前に出て――歓迎された。




「驚いたよ、まさか、歓迎されるとは思っていなかったからな。」


「だろうな……なんだって歓迎なんてされたよ」


「――これがまた面倒な話でな。」




 聞けば、この島のオーガ達はこの島に運ばれてくる盗品が盗品だと思っていなかったというのだ。




「――その前の前の年から続く不作だったそうでな、島の食料が枯渇した。それを補うべく、何人かのオーガが私たちの入る島に渡ってきたのだ。」


「それで、街を襲った?」


「最初は援助を懇願したらしい、が、島が不作ならどこも不作。そもそも、相手はオーガだ、手を貸すものなどいないだろう?」


 そうだろうな、とテンプスは思った。


 実際にそうなっていない子供にも職業差別をするのが人間だ、異種族にそれほど寛容とは思えない。


「それでも、いくらか恵んでもらおうといろいろな街を回ったそうだが――そのうちの一つで攻撃を受けたそうでな、それからは転がる岩のようにだ。」


 そのまま、彼らは村を逆に襲撃し、ものを略奪した。


 それが成功したのがよくなかったのだろう、彼らはそれ以降もそうやって物を略奪するようになった。


「それは知らなかったのか?」


「――援助してもらっていると言っていたらしい。」


「……なるほど。」


 そうやって、隠していたのだろう、盗んだもので生活は安定した、彼らが彼を歓迎したのは、彼らのもとに人間が初めて訪れたからだ。


「少しでも印象を良くしようとしたのだろう、すぐにわかった。」


 だからこそ、真実を話す必要があると思ったのだと、彼は言う。


「騙されたままでは、確実に不幸が起こる。そう思った。」


 意外にも、彼の話はあっさりと受け入れられたのだという。このころになると、彼らの略奪は食料だけにとどまらず、宝飾品も盗んでいたのが島の最も古株のオーガの注意を引いたらしかった。


「その者達は私に謝り、食ったものを除く、宝飾品を返すと約束した。」


 だから――彼はそのオーガ達を許すことにしたらしい。


「無論罪人の方は別だ。抵抗する者はやむなく切ったし、牢に入れる手伝いもした。だが――どうして無実の者を切れる?ただオーガに生まれただけで、切るほどの罪を犯したとでもいうのか?なら俺はどうなる?箱から生まれた俺は?」


 そうは思えなかった。


 だから彼はオーガ達を見逃し、ここでつつましく暮らす分には手を出さないと誓った。

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