宣戦と計略と狼狽

「でもそちらのマギア嬢の件については別だ、彼女は我々に根拠のない誹謗中傷を行った。」


「なるほど、確かに――」


 言いながら斜め後ろを振り返る、視界に移るのは乱れ切った服を抑える少女とその隣で普段見せないような心配そうな表情の後輩の姿だ。


 この状況で彼女をマギアから放すつもりは毛頭なかったし、この男に後輩の身柄を渡すなど冗談でも思考に浮かばなかった。


「――だが、それもあとでいい。」


「後とは?」


「そりゃあ、彼女の嘘が本当に嘘だった場合ですよ。それが分かるまでは『根拠のない誹謗中傷』かどうかもわからない。ただ謝ればいいってもんでもないでしょう?」


 そう言って大仰に腕を広げて見せる、それは軽薄なしぐさにも見えたし、小動物が体を広げて威嚇しているようにも見えた。


「しかし――」


「――何です?まさか天下の剣術部が下級生を謝らせることだけが目的だなんて言わないでしょう?」


「――だが、それでは俺も他の生徒も納得できない。」


「できるかどうかは関係がない。この場で必要なのは唯一あなたが罪を認めることだ。」


「俺がやっていない罪を?」


「あなたが?まさか!」


 大げさに驚く。


 まるで、珍獣にでもあったかのように目を白黒させながらそういったテンプスの心境は実際、ひどく珍しい『厚顔無恥を絵にかいた人間』を目の当たりにして、驚愕していた。


「……まるで俺が罪を犯したかのように語るね、君は。」


「事実でしょう?、貴方の行為は明確な犯罪に見える。」


「……テンプスくんまで不敬罪で制裁を受けたいのかな。」


「僕一人、魔術を使わないと倒せないあんたがトップの連中の制裁の何が怖いと思ってその脅しをするんです?」


 心底、不思議そうに尋ねる。


 くしくも共犯者と同じことを聞いた彼に、いよいよジャックの頭部の血管は限界を迎えそうだ。

 と言え、それが分かったからと言ってテンプスの口は止まらないが。


「……なんの話だい?不躾な下級生の間で流れている噂の話なら事実無根だ。」


「まあ……そう信じてるならそれでもいいと思いますよ、ほんとのところはあんたが一番ご存じでしょうし。」


 そう言って笑う、その顔には微塵も後ろめたさがない――信じているのだ、彼が罪を犯したことを。

 そして知ってもいた――彼がたやすく罪を犯す人間だと。


 そして、その態度にとうとう彼の頭の血管が切れた。


「――随分と調子に乗るじゃないか出涸らし。去年の様にぼろきれにされたいのか?」


「そう言うあんたは、剣の才能を母親の腹に忘れて来たのか?この前の模擬戦ちらっと見たが後輩に助けてもらった去年より出来が悪いじゃないか。まさか女にかまけてホテル暮らしか?「百人切り」。」


 突然の罵声はより強い痛罵でもって返された。


 強い視線がぶつかる、魔力が物理的な意味を持つこの世界においてこの手の激突は実際的に周囲の空気を重くする作用がある。


「……口を慎めよ、下級生。お前一人消すのに一体どんな手間がかかると思う?」


「おいおい、図星か?剣術部も落ちたな。」


 そう言って嗤ったテンプスが次の瞬間屈む。


 頭をかすめて何かが通った――稲妻の矢だ。発動の瞬間をパターンで見抜いていた少年の回避は的確で、故に次の行動も滞りがなかった。


 足元に落ちた石をつまんで腕を振る、サイドスローの要領で投げ放たれたそれは狙いを過たず稲妻を放った姿勢で固まっていた男の眉間に的中した。


「――危ないとこだったよ、そう言えば不意打ちはあんたたちの専売だったな。」


 鼻で笑いながら体を起こす。ちらりと視線を向ければ稲妻を放ったはずの男は仰向けにピクリともせずに倒れ伏していた。


「――テンプス君、これはよくないね、我が部員に手を上げられてはこちらも黙ってはいられないよ……申し訳ないが君も制裁の対象とする。」


「好きにすればいい、そっちの勝手だ。」


 ただ――と言葉を区切る、そろそろ取り繕うのも面倒になってきた。


「剣術部に魔術が達者なのは8人、うち放射型しか使えないのは5人、電気属性が二人、回避が困難な対象指定型の麻痺が使えるのはそこで伸びてる彼だけだ、つまり、僕の行動を阻害できる可能性があるのはあと一人、そいつさえ潰せば後は――」


 視線を巡らせる、一様に怒りと――恐怖に満ちた視線を向けているのが分かる。


「動きの悪い固定砲台が6つに、素手の戦い方を知らん素人が塵の数だけ、ついでに――」


 言いながら指をさす。


「去年より動きの悪くなったあんただ。このメンバーでどうして僕に勝てると思う?」


「……君にこの数をどうにかできるとは思えないけどね。」


「なら試してみればいい――さっきも同じことを言ってこのざまだったはずだがな?」


 言いながら鼻を鳴らしてジャックに視線を集中させる。その体から湧き出すように見える彼の恐怖のパターンを読み取る――そこにあるのは虚栄と増上慢の果てにできた砂上の楼閣を守らんとする哀れな男がいた。


 テンプスの言葉を聞いて、ジャックは逡巡する――彼の思考ではすでにこの状況を制御できなくなり始めていた。


 ここであの少女を口封じできなければ自分たちの評判が落ちるのは確実だろう、だが、もし――もしこの出涸らしの欠陥品にまで負けるようなことがあれば?


 それこそは終わりだ。今まで感受出来ていた数多の恩恵は失われる。


 その恐怖が彼の脳を支配し。彼に次の行動を思いとどまらせていた。


 じりっと空気が焦げるような感覚を残して場が沈黙した。


 片方は動きたいが動けず、もう片方はそもそもここで動く必要がなかった。


 その結果生まれた沈黙はばの中央にまるで玉座でもあるかのように鎮座し、その帳でもってこの場を支配していた。

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