現れた男

『――まずい、打つ手がない。』


「どうするんだい?誠意ある謝罪をするのなら俺は手を引いたもいいけど――まあ、選ぶまでもないよね。」


 眉間のしわが増えるのを感じる――実際問題、どこに人質になるだろう女学生がいるのかわからないのでどうにも対処ができない。


「――おい、早く決めろよ下級生。」


「……」


 口を開いた――もはやこれしかない、もう少し時間があれば違うのだが、この男は今にも何かしでかしかねない。


「ちょっとま――」


 此処だ!と、サンケイは体を乗り出す――このシーンで助け船を出し、この男を黙らせ――


「――ああ、どうもジャック先輩、こんなところで何してるんです?」


 ――られなかった。それよりも後ろから来た声がかぶさるように響いたからだ。


「君は――」


「――先輩?」


「やぁ、マギア、友達には――会えたらしいな。」


 言いながら手を振って表れたのは、誰あろうテンプス・グベルマーレだった。


「――やぁ、テンプス君。奇遇……でもないのかな?」


「ええ、まあ――実はそこのアネモス女史に連絡をもらって、風の魔術ってのは便利ですね。」


「なら、この騒動の発端もわかってるだろう?」


「ええ、何ぞうちの弟たちがご迷惑をかけたようで、申し訳ない。」


 言いながら軽く頭を下げる――その光景をマギアはどこか他人事の徒用に見ていた。


 そこに失望はない――普通なら感じるのだろうが、彼女は不思議と感じなかった。


「まあ、君の弟君と言うより、そこの女生徒だがね――」


 それはあるいは彼への好意がそれほど深くないことの証とも取れたし――


「――まあ、いいんだ、そこの子を渡して、この子に謝ってもらえればそれでいい、さぁ、君からも話して、二人を引き渡してくれるね?」


 それはあるいは――


「――それは許さん。」


 ――彼への信頼がその程度では揺らがないことの証とも取れた。


「――なに?」


 不信そうにジャックの顔がゆがむ――拒否されると思っていなかったのだろう。

 そんな彼に向かってテンプスは口を開いた、まるで愚かな生徒を諭すようにその口ぶりは優しく丁寧だ。


「当然でしょう?話を聞く限り、彼女は明らかに貴方に拒否反応を示してる。今ですらフラル嬢の下から離れようとしない。そんな相手に引き渡せる理由がない。」


 身振りを加えて話をする――相手の感情を揺さぶりやすい動き、社会的パターンを読む能力の応用はこういうところでも役に立つものだ。

 整然とした言葉で語り、反論を封じる。これは正論であり、それだけに反論は難しかった。


「……それはすでに話したことだがこれは――」


 それでも、と、口を開く彼の言葉にかぶせるように告げる。


「『きみは剣術部ではないだろうから知らないだけなんだ。これは歴史ある剣術部においての伝統行事。彼女はそれを拒否して逃亡した。部長であり、主将である俺はそれが許せない。それだけの話さ。』――でしたっけ?」


 それは彼がフラルを退けた際のセリフだ。一字一句違わずに言えるのは彼の知性のなせる業だった。


「そうだ、僕らには正当性が――」


「ないですよ。」


「……何故そう言い切れるのかな?」


「あえて聞きますが――どこにあると思うんです?」


 聞き返した。心底不思議そうに聞こえるその声になった原因は本当に不思議だから出たものだ。


「それが伝統だと言うなら信じましょう、彼女の指摘の通り、矛盾はあるが……まあ、二重規範なんて長い組織ならよくあることです。ただそれは『伝統』だ、『義務』じゃない――嫌がる人間に強要はできない。」


 当然のことだ――いったいどこの馬鹿なら意味もなく人の自由を奪うことに意味を見出す?


「それを拒否することで周りの目が変わるかもしれないがそれはやった個人の問題だ、その上で逃げると言うならそれを止める権利はない。僕にも――あなたにもね。」


 ジャックの眉間のしわの数は言葉を紡ぐごとに増えていく――まさか、ここまで言い返されると思っていなかったのだろう。


 それは自分の思う通りに計画が進まないイライラからきているようにテンプスには見えた。


「それについても、話しただろう。」


「『確かに事情を知らぬ第三者から見ればこれは犯罪だね。それも途中から、第二者があたかもそうであるように演出してみせれば、第三者は同情し、第一者をまるで加害者のように見てしまう。仕組まれた構図だ』でしたっけ?あー……もう一回聞きますけど、それが何なんです?」


 肩をすくめて見せる、そのしぐさにまたジャックのこめかみの欠陥がぴくぴくと動いた。


「僕が聞いた限り、彼女はあそこから『逃げてきている』。あなたと言う通りであって、彼女がうそつきだったとしても――それは別にあなたたちに引き渡す必要はない、教員に引き渡すだけだ。何せ《本当に何起きたのか、僕らは知らないんですから》》――あと、第一者第二者って単語は語句として存在しないので直した方がいいですよ?」


「――しかし、俺の名誉は傷つけられている。」


「彼女の尊厳もね。あなたが嘘をついている可能性を考慮するなら名誉もズタズタだ」


 言いながら近寄る。


「たとえあなたが誰かにはめられているにせよ、それは調べればわかる話だ。彼女の身柄を返すのもでいい。じゃない。」


「……わかった、彼女についてはもういい。」


 それは勝利を告げるファンファーレだった。

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