逆転……

 魔女の歩みが止まらない。


 目の前の光景を見ながらジャック・ソルダムは歯噛みしていた。


 宣告の一発の衝撃が消えぬ中、それでもと挑みかかった生徒の手から愛用だったらしい斧の刃の部分がドロドロに溶けて消えた。


 先ほどから差し向けた人間たちは皆一様にああなる。


 彼女が指を向け、一瞬まぶしくなったかと思えば次の瞬間、武器を謎の力で破壊されて……大部分の生徒は恐怖に震えている――中には失禁してしまったものすらいるほどだ。


「こ、これは……」


「……マギア、貴方いったい……!」


 戦慄する者はここにいる者たちのなかでも博識で、とりわけそれぞれの分野に長けている姉妹は酷く狼狽した。


 それはそうだ。学年三本の指に入る成績を誇るアネモス、そして先陣を切って戦う人間だからこそ、あの攻撃の脅威が分かるフラル。


 このふたりだからこそ、今のマギアのレベルに気付ける。垣間見せたのはほんの一部だが、そのスケールに敏感に慄けた。


 ジャック先輩含め、その他マギアがただ「謎の攻撃を使った」事実だけに驚愕し、その本意にすら気に留められていない。


「あれは光の魔術じゃない、あんな威力の光線を撃てば周りだって燃えるし目だって潰れるはず――いや、それを含めて制御できるの?」


「……私でも躱せん速度に、鉄を一撃で溶かす威力……」


 この場でこの光景を驚かずに見ているのはただ一人――サンケイ・グベルマーレだけだった。


『オー……これがあの……!』


 好感度を稼ぐ目論見はくじかれてしまったものの、彼は結構満足していた。

 何せ、遠い過去に画面越しに見ていたキャラの活躍をこの目で見られるのだ、彼にとってみれば夢のような体験でしかない。


『強いなー荷電粒子砲。やっぱりマギアほしいなぁ……』


 そう、彼はこの攻撃の正体を知っていた。


 荷電粒子砲。


 金属粒子などに電子を与えて亞光速にして打ち出す兵器――簡単に言ってしまえばそれの魔術版。


 雷の属性と土の変質である鋼属性の魔術に手は待たれるそれは、本来の原義にしてみればいろいろと矛盾があるのかもしれないが、アニメ本編ではそう紹介されていたそれは彼女の必殺技の一つであり、同時に基本武装だった。


「強い攻撃が一つあればいいんですよ、あとは工夫です。」


 と、どや顔で言っていたアニメの中の彼女そのものな戦い方を見て、彼はひどく興奮していた。


「――これで『制裁』とやらは終わりですか、ジャックセンパイ?」


 にこやかに、目の前で魔女が笑う。死神の様に、悪魔の様に。


「ジャック・ソルダム。10秒、あげます。私が求めるのは謝罪のみ聞き入れられないと――どうなるんでしょうね?」


「………脅しているつもりかい?」


 まるで友人といるかのようににこやかに笑うその顔には、しかし、温かみのようなものは何もない。

 ゾッとするくらい冷え切った表情だった。その光の一切が消え失せ、闇が支配するような瞳に睥睨されたジャックの表情は強張っていた。


 いくら声や表情で隠し、強がっていても瞳までは隠せない。


 怯え、保身、その他諸々の負の感情が滲み、いつしか額から冷や汗を流してた。あのかつて最強と言わしめたジャック・ソルダムが。


「そう感じるのならそうかもしれませんね。」


「開き直ったか……でもいいのかい? 今、俺たちに危害を加えれば、きみは大会への参加権を失う。」


「言ったはずですよ? 別に私、あなたたち剣術部が上位の大半を占める出来レースに興味はないんです。例え、厳罰で退学になろうが大して痛手でもないので。」


「……っ……殺人を犯そうというのかい? そんな大層な度胸、きみにはないと思うけど。」


「上から目線での発言どうも――まあ、そうですね、たぶん殺しませんよ。」


 考え込むように唇に手を当てる。


「っふ、そうだろうとも――」


「――まあ、ミスって死ななければ……たぶん、死にませんよ。簡単に殺しちゃ、気分が収まらないじゃないですか。」


「え……」


 再び嗤う、今度の笑みはまるで三日月を口に作り替えたように吊り上がっていて――魔女と言うより悪魔のように見えた。


 剣術部の補欠たちが酷く怯え後退る。


「さぁて、選んでくださいジャック・ソルダム。誠意ある謝罪をするか――あなたはおろか、この世の誰も知らない魔術の実験台として名を残すか。」


 毒は毒を以て制す――とはよく言ったものだ。


 まるで悪魔の様にニタニタと嗤う魔女はジャックの脳裏に以前何かで読んだ――いや、寝物語に聞いたのだったか?――話を思い起こさせる


『笑顔とは本来威嚇行為であり、攻撃的なしぐさである。』と、言う一言を。


 悪道たる権化のジャックが、マギア・カレンダの前では全く子供だ。

 まったく懐柔できず、弱みすら握れない。


 かつて、こんなことがあったか――そう聞かれた人間は10人が10人こう答えるだろう。


『絶対にない。』と。


「主将!」


 部員が叫ぶ。謝罪を促していた。


 この誠意ある謝罪が、どれだけジャック・ソルダムにとって屈辱であることか彼らにはわからない。


 3回生。それも最強だった剣術部の主将が、部外の1回生に頭を下げるだなんて、それも、婦女暴行を隠すために襲い掛かっての撃退からくる話だ。

 これが外に広まれば剣術部の名は底辺に落ちるどころかジャックの株も下がる。


 一見、ただ謝るという何気ない行為が、どれだけえげつないか。マギアという死神はそれを知って頭を下げろと逆に脅迫している。


 ところが、


「謝らないよ」


 ――彼はその一言でもって平然に拒否してみせた。


 これにはマギアの眉根にしわが増える。まだ損得勘定ができていないのかと表情が語っていた。


「じゃあしかたないですかね――私知らないんですけど、人間の肉体を構成するエレメントが全部反転するとどうなると思います?体が全部ねじれ曲がるのか……」


「……さぁね?でもいいのかな?ここには同じように洗礼を受ける予定の女子がいるんだ――うちの部員もね。俺が止めないとどうなる事か……」


「――!」


 ミスった。


 と、内心でマギアが毒づいた。


 人質だ。おそらく、何人内部にいる生徒がこちらを見ているのだろう、この主将が黙らされたら即座に中にいる生徒が女生徒を襲う。


「――彼女が逃げているのなら逃げだしているのでは?」


「どうだろうね?彼女たちは『俺に夢中』だからね、待っててくれと言えば待っててくれるのさ。


『こいつ……』


 気がつく、これは魅了の魔術だ。鼬の最後っ屁で大量の女子を虜にしようとしている――そのための大量のマネージャ勧誘だったのだ。


『あの子が逃げてこれたのは術が弱くなってるからか……』


「――さぁ、それでどうする?」


 傲然とジャックが告げる――もう冷汗は止まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る